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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第一章~蜜月~

正徳一九年(二○○七年)九月十二日(水)

「それじゃぁミク、行ってくるよ」

「はい、行ってらっしゃい」



玄関で星登の出勤を見送るミク。

工事用建機専門のリース会社へ勤めている星登は、

一般的なサラリーマンよりもかなり早い時間に出勤している。

何せ顧客が建設会社となるため、

顧客の始業時間に合わせて星登も出勤しなければならないからだ。

毎朝七時には朝礼が始まってしまうため、

比較的職場の近くに住んでいる星登も、朝六時半には家を出てしまう。



そんな、少し慌しい朝を過ごし始めてから、

つまりミクが起動してから、もうすぐ二週間。

こうして星登の出勤を見送った後は、朝食の後片付けと、

部屋の掃除を済ませてしまうのがミクの日課となった。



使用した皿を軽く水ですすいでから洗剤をつけて洗う。

スクランブルエッグを調理したフライパンの油汚れを念入りに落とし、

洗った後の表面に残った水分はガスレンジの熱で蒸発させた。

フライパンの余熱を逃がす間にシンクを磨いて、排水溝の掃除をする。



水回りの掃除を一通り終えて、今日が燃えるゴミの日であることを思い出し、

慌ててゴミ袋を収集所へ持って行く。

ゴミ袋をカラス防止用ネットで丁寧に覆っていると、

これから出勤するところなのだろう、

スーツ姿の男性が同じようにゴミ袋を持ってやってきた。



「おはようございます」



ミクは笑顔と共に挨拶する。

男性は若干の戸惑いを織り交ぜた表情を浮かべたが、

それも一瞬のこと、すぐに笑顔で「おはようございます」と返した。



「お早いんですね。行ってらっしゃい」



ミクがそう言葉を続けると、男性は「ありがとう、行ってきます」と返事してくれた。



空を見上げる。

今日も空はどこまでも青く澄んで、午後の暑さを予感させた。

朝は比較的過ごしやすくなってきたと言えるが、それでもまだ残暑厳しい九月、

アスファルトの照り返しに目を細めずに済むには、まだもう少しかかりそうだった。



ミクは部屋に戻り、畳まれた布団からシーツと枕カバーを外して、

それらを洗濯機に入れてから、布団をベランダに干した。

天井、照明、カーテン、壁、棚の順でハタキがけして、

こぼれた埃をほうきで掃いて片付ける。

消毒したまな板を窓の縁側に立てかけて干し、

お風呂場の足ふきマットに絡みついた髪の毛や綿くずを取って、これも窓枠に干した。

洗濯機のブザーが鳴り、シーツの脱水が終わったことを告げる。

洗濯物を取り出して、シーツをベランダに干し、

皺を丁寧に伸ばして布団ばさみで止める。

ダイニングのフローリングをウェットシートで拭き、

洗面所、トイレ、風呂場と水回りの掃除を一通り終えた。



ここで時計を見る。

時刻は午前十時過ぎ。

1DK程度の部屋であれば、

こうしてミク一人でも午前中で掃除は全て終わってしまう。



洗濯物を取り込むには早すぎるし、夕飯の買い物に行くにもやはり早すぎる。

こうして半端な時間が空いてしまったときには、

電力消費を抑えるためにスタンバイモードへ移行するのがセオリーだったが

ミクはそうしなかった。

彼女は午前中の残りの時間を、日課となっている楽しみのために使った。

それにこの時間であれば、そろそろあの人が来る時間だ。

今日こそかねてからのお願いをしてみよう。



ミクは掃除を終えた部屋を出てそのまま階段を下り、

アパートの南側に位置する庭へ出る。



そこでミクを迎えるのは、

白、黄、赤紫のコントラストではっきりと彩られた夏花壇だ。

背丈の低い花で統一された花壇は、さながら立体的な絵画である。

白と赤紫のバーベナが、花壇の縁から内側に向かって囲むように植えられ、

そして中央には黄色のガザニアが、まるで地上に現れた太陽のような誇らしさで、

花弁を風に揺らしている。



陽光をふんだんに浴びた草花は、

生命力をそのまま塗りたくられたかのような存在感をその身に宿らせ、

力強い彩りで花壇という芸術を完成させている。

そうかと思えば、塀際に植えられた背の高い緑樹の足下で、

樹木から零れてくる木漏れ日に守られながら、しっとりと静かに咲き誇る花もあった。

緑の茎の合間合間で、思い出したかのように顔を出すのは、洋紅のゲラニウムだ。



ミクはこの庭が好きだった。

色とりどりの花があらゆる場所で咲き誇り、

零れんばかりの生命力に溢れるこの空間が好きだった。

可愛らしい花びらを指先でそっと撫ぜながら、生命の息吹を感じ、

陽光の下で花の香りを楽しむことが、ミクにとって何よりの娯楽となった。



こんな愛らしい花々を自分の手で育てられたら、それはどれほど素敵なことだろう。

部屋が多彩な彩りに富む花々で満たされ、鉢と共に過ごす生活を想像する。

それだけで幸せな気分が充溢した。



ミクがそのような願望を抱き始めたのは、

庭を訪れるのが日課となってすぐのことだった。

しかし、ミクはその希望を口にすることが出来ずにいる。

タイミングが見つからなかったということもあるし、

何よりもアンドロイドである自分が、己の念願を口にすることなど御法度だからだ。



ミクが身をかがめて花々の眩しい彩りを愛でていると、

庭口から声をかけてくる人物がいた。



「おやミクちゃん、今日も来てくれたのかい?」

「大家さん! はい、今日も遊びに来させてもらっちゃいました!」



大家と呼ばれた老女は、そうかいそうかい、ありがとうね、と

顔をくしゃりと畳んだ独特の笑顔を浮かべた。



老女の名は望月文代。

星登とミクが住んでいるアパートの大家だ。



雪のように真っ白で綺麗に整えられた髪の毛は、

年齢を重ねたことによる疲れを感じさせず、

むしろ日々の充足した生活に気力が横溢されているように見えた。

また文代の表情を幾多の皺が刻んでいるものの、

そのどれもが彼女の温厚な性格をよく表現しており、

浮かべられる笑顔はやはり上品で気品ある美しさに彩られていた。

もうすぐ七〇歳になろうという文代だが、彼女の風貌と頭の回転の速さは、

年齢による衰えなど一切感じさせない。



「こうしてミクちゃんが何度も何度も庭に遊びに来てくれるからねぇ、本当に嬉しいよ。

 お花とお庭をここまで育てた甲斐があったってもんさ」



文代の言う通り、この庭は彼女が一人で管理していた。

元々はちょっと玄関先を彩る程度の考えで始めたガーデニングだったが、

徐々に没頭していき、一鉢から二鉢、三鉢と徐々に花の数が増えていった。

次第に鉢はコンテナへ姿を変え、

それで満足できなかった文代は

とうとう管理しているアパートの庭に花壇まで作ってしまった。

彼女の自宅の庭は満足な広さがなかったため、

自由なガーデニングを楽しむならばアパートの庭が最適だったのだ。



花壇で咲き乱れる花々も、塀際で静かにそびえる緑樹も。

これだけの草花を庭にバランスよく配置し、

見事なガーデンを文代がたった一人で作り上げた。



そして彼女は毎日のいくらかの時間を庭の手入れのために使う。

本格的な暑さが訪れぬ午前中に、草花のため庭へやってくるのが日課になっていた。



土いじりの道具はアパートの北側に置かれた物置にまとめて整理されている。

物置から帰ってきた文代の手にはスコップや土の詰まった袋が握られていた。



「あ、あの・・・大家さん」



文代の背中に呼びかけるミク。



「ん、どうしたんだいミクちゃん、あらたまっちゃって」

「その、わ、私にも・・・その、お花作りのお手伝い、させてもらえません・・・か?」



それはミクの願望だった。彼女の言葉は続く。



「その、いつもこうして素敵なお花を楽しませてもらうだけっていうのは、

 ちょっと心苦しいというか、なんか申し訳ない気がしてしまいますし、

 いえ、そうではなくて、あ、そうです!

 力仕事とかいっぱいお手伝いできると思いますから、ぜひお手伝いさせてください!

 ・・・あ、でも、実は腕力にはあまり自信がないのですけど・・・」



尻すぼみになりながらも、何とか花作りの手伝いをさせてもらえないかと、

言葉選びに奮闘するミク。

しかしその姿は何とも頼りなかった。



本来、アンドロイドは己の願望を口にしてはいけない。



アンドロイドは人間の生活をより便利に、快適にするために開発された、

一種のツールであり、ガジェットである。

より乱暴な言い方をすれば、彼らはただの「道具」に過ぎない。

アンドロイドたる彼らが、己の希望を口にすることなどおこがましいことこの上なく、

彼らの発言は常にマスター、ひいては人間の益に繋がるものでなければならない、

と解釈されている。



だからこそミクは、『大家さんの仕事の手伝いをする』という名目で花の手入れをしたいと申し出る必要があったのだ。



「・・・そうかい? それじゃぁ、ちょっとお手伝いをお願いしても良いかしら?」



文代の言葉にぱっと表情を明るくするミク。



「はい! 喜んで!」



ミクの真意を察したのか、文代はミクの申し出を受け入れた。



「今日はねミクちゃん、新しい種を植えようと思うんだよ」



そういって取り出した袋には、色とりどりの花の写真がプリントされている。



「ちょうど今の季節は種蒔きにぴったりの時期でね、

 冬から来年の春くらいに開花させる花はいま蒔いておくのさ。

 堆肥と石灰は先週のうちにまいておいたから、

 今日は腐葉土を混ぜるところから始めようかね」



「・・・ごめんなさい、タイヒとかセッカイとか、あとフヨードって何ですか・・・?」



申し訳なさそうに疑問を口にするミク。

自分から助力を申し出たのに、知識が追いついていないことが余りにも情けない。

そんなミクの質問に、ケラケラと笑う文代。



「そうだよね、ごめんごめん。確かにいきなり言われても、わからないものねぇ」



くつくつと笑い続ける文代。

いくらミクでもセッカイが石灰であり、

フヨードが腐葉土であろうことくらいは想像がついていたし、

石灰は白い砂のような物で、腐葉土が黒い土のような物であることも知ってはいた。



しかしその程度の知識しかないとも言えるわけで、

この状態ではやはり文代にとってみれば『何も分かっていない』状態と同義だろう。

情けなさに肩を縮めながら、文代に教えを乞う。



「堆肥というのは、まぁ言ってしまえば肥料を含んだ土みたいなものさね。

 お店で買うこともできるけど、あたしの家では生ゴミから作ってるのよ。

 石灰は土を中和させるために使うの。

 日本の土はほとんど酸性でね、石灰を使って中和してあげないと、

 お花が可愛く咲いてくれないのさ。

 それで腐葉土というのは、水はけを良くするために使うの。

 堆肥や土だけだとどうしても水たまりが出来てしまって、

 充分にお花まで水が届かないのよ。

 だから腐葉土を少し混ぜて、水はけを良くするの。

 ホラ、これを握ってごらん」



文代が差し出した土を握ってみる。

ふんわりと湿り気があり、握った形のままなかなか崩れない。



「ね、こういう崩れない土が良い土の証拠。

 これが簡単に崩れてしまったりすると、

 水も養分も全部流されてしまって、お花が良く育たないのさ。

 これより固くても柔らかくても駄目なのよ。

 さぁ、それじゃあこの腐葉土をそこの花壇に混ぜるからね。

 手伝っておくれ」



文代から腐葉土の詰まった袋を渡され、花壇の土に蒔いていく。

ミクが蒔いたところから、文代がスコップを使って土と腐葉土を丹念に混ぜていった。

ミクが腐葉土を蒔いて、文代が混ぜる。

二人の共同作業は続き、腐葉土を十キログラムほど蒔いたところでようやく終わった。

なかなかの重労働だ。



「それじゃあミクちゃんはこの種を蒔いてくれるかい?」



種を直接手渡しされる。



「これ、何のお花ですか? 凄く小さくて細かい種ですね」

「それは、咲いてからのお楽しみさね。

 楽しみは後に取っておいた方が良いだろう?」



いたずらっぽく笑う文代。

ミクは気になって仕方なかったが、

種の正体を質問したとしてもきっと答えてはくれないだろう。

むしろミクがやきもきした方が、却って文代を喜ばせてしまうに違いない。



「大家さん、いじわるです」



むくれて言ってみる。それで少し気が晴れた。

しかしミクの文句を受けた文代は、それがたまらなく可笑しかったのか、

くつくつと抑えた笑いをいつまでも続けていた。



「種は小さいけれども、苗はとても大きくなるからね。

 薄く、重ならないように種を蒔いておくれよ?」



文代の指示に従い、一粒一粒丁寧に蒔いていく。

一平方メートルほどの広さに満遍なく蒔いたところで、渡された種は底をついた。



「終わったかい? それじゃぁ、今日の作業はこれでおしまい」

「え、もう終わりなんですか? 種の上に土を被せたりしなくて良いんですか?」

「いいのよいいのよ。

 この種はね、最初は土を被せないで、そのまま芽が出るのを待つの」

「そうなんですか? それにしても、なんだかすっごくワクワクしてしまいますね。

 いつ芽が出るんだろう、いつお花を咲かせてくれるんだろうって、

 もう今から楽しみで仕方ありません!」



ミクの表情は期待のそれ一色に染め上げられている。

早く花を見てみたくてうずうずしていることが手に取るようにわかる。

ミクの表現豊かな表情を楽しみつつ、文代がおおよその目安を告げた。



「そうさねぇ・・・この子達がお花を咲かせてくれるのは、

 早くて来年の春、遅ければ夏くらいになるかもしれないねぇ」

「そ、そんなに時間かかるんですか!」



がっくりとうなだれる。

その様子が余りにも可笑しくて、文代はケラケラと笑いながら言葉を繋いだ。



「だけどミクちゃん、長い時間をかけて、手間暇をかけた分、

 お花が咲いてくれたときには喜びも格別よ。

 それにね、お花を育てるうえで本当に大変なのはこれからなの。

 水やりは毎日してあげなければならないし、

 2週間に一度は肥料を足してあげないとダメ。

 冬は寒くなるから霜に気をつけなければいけないし、

 春になれば病気や虫がつくことだってあるわ。

 それに必要であれば、間引きだってしなくてはいけない」

「間引き・・・ですか?」



ミクは複雑な表情で尋ねる。

その言葉を理解できぬほど無知ではない。

間引きとはつまり、一輪の花を立派に咲かせるため、

その他の小さな花をあらかじめ切り取って摘んでしまうことだ。



間引きは花の育成に限らず、野菜その他の作物に対しても一般的に行われている、

確立された植物育成法の一つである。

別段珍しいことではないし、

その育成方法が最も効率的であることは先人が既に証明している。



しかし。



ミクは、説明のつかぬ胸中の痛苦を持て余していた。

反面、その育成法がこの上なく有効であることを、理屈で受け入れようとしていた。

ミクの胸裏を察した文代が、諭すように告げる。



「あたしはね、間引いた茎や花、それだけではなくて楽しませてもらったお花たちも、

 まとめてコンポスターに入れて新しい堆肥として利用することにしているの。

 そうすれば間引かれたお花たちも、みんな新しいお花たちの養分となって、

 次の世代へと繋いでいくことができるだろう?

 そうやって出来るだけ無駄を無くすことが、

 最低限のお花たちへの礼儀だと、あたしは思ってるのさ」

「次の、世代へ・・・」



文代の言葉を反芻するミク。



間引き、養分、次の世代。



それらの言葉は論理的な回答をミクに与えてくれたが、

しかし直感的に理解することはついにできなかった。



ミクは今し方種蒔きを終えた花壇へ振り向く。

周囲の原色のコントラストに彩られた夏花壇に比べ、

未だ土色しか宿さないこの花壇は質素で地味な印象を受ける。



この花壇が花色に染まる頃、

自分が抱いている疑問に何かしらの回答が得られるだろうか?

その疑問は口にしなかった。

故に、回答は誰からも得られなかった。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」九月十三日[1] へ

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