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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第一章~蜜月~

正徳十九年(二○○七年)十一月三十日(金)[2]

ミクは星登を起こさぬよう注意しながら立ち上がり、

音を立てぬよう食器を洗って、睡眠を脅かさぬよう掃除をした。

シンクの掃除を終え、ガスレンジの整理をし、そして風呂掃除を始めようとしたところで。



「・・・ミク、ミク・・・!」

腫れた喉から絞り出されるような星登の掠れ声。

その声には普段の柔和な響きが一切取り除かれ、

代わりに乗せられるのは不安と寂寥に苛まれた心痛の声音だった。



ミクは慌てて星登の傍らへ戻ってくる。

そんなミクの姿を確認しただけで、

それまでの憂色に満ちた星登の表情は一変し、安堵の念に染め上げられた。



「良かった・・・ミク、いてくれたのか・・・良かった、良かった・・・」

瞳にうっすらと涙の膜を張りながら、青白い表情に僅かな安らぎを浮かべる星登。

「ミク、悪いけど、本当にすまないけど、今日は僕の傍にずっと居てくれないかい?

 今日一日だけで良いんだ、こんな我が儘は今日だけにするから、

 今日だけは、お願いだから、ずっと傍に居てくれないか・・・・・・?」



普段の星登からは想像出来ぬ程の弱気である。

温厚でたおやかな雰囲気を滲ませながらも、

強い芯を心中にしっかりと持ち続けている、それが星登の常の表情だ。

病に伏しているとはいえ、星登がこれほどの弱気を見せる事は、ミクにとって意外に感じてしまう。

しかし。



「心配なさらないでください。

 今日はずっと傍にいますから、安心して眠ってくださいね」

ミクは喜びを感じていた。

ミクのマスターとしていつでもミクを保護し、

見守ってくれていた星登が、初めて自分の弱みを晒し、我が儘を言ってくれたのだ。

それだけミクを信頼し、ミクを頼り、寄りかかってくれているという心根が見えて、

ミクは暖かな充足感に満たされていく。



星登の額の汗を拭うミク。



そのミクの手に、星登は自らの手を重ねてきた。



驚きに一瞬手を引きかけるが、寸前で思いとどまる。

ミクは星登の手を改めて握り直し、両手で包み込んだ。

柔らかく、丁寧に。



熱に浮かされ、青白い顔色であることに変わりはないが、

それでも星登の心に微かな安寧が訪れたことは感じられた。



手を握る。



ただそれだけのことだが、しかしただそれだけで、星登はミクの存在を強く強く感じ取り、

病特有の漠然としたもの悲しさを消し去っていく。

そんな星登の安らぎを、握る手の向こうから敏感に感じ取って、

ミクの胸にもふわりとした充足が得られた。



熱で意識は朦朧とし、体の節々にも鈍く細かい痛みが走っている筈だが、

ミクの手を握る星登の表情にはどこか安堵の微笑みすら見て取れる。

やがて星登はひとつ大きなため息をついて、安らかな寝息を立て始めた。



窓の外には薄い青の空が朧気に広がっている。

秋と言うには余りに物悲しい空気と、冬と呼ぶには厳しさに欠ける冷気に挟まれた、うら寂しい晩秋の朝。

耳を澄ませば、登校する子供達の元気な声と、彼らを見送る家族の声が遠いどこかから聞こえてくる。

時折吹く冷たい風が木々を揺らし、さわさわと静かに囁きながら、彼らなりに子供達を見守っているように思えた。



静かだった。

空気が柔らかかった。



星登の寝息の合間合間に時折挟まれる、木々の囁き。

風に吹かれて、カタカタ震える窓の声。



星登の手を握りながら、星登の熱を感じながら、ミクは世界の音と空気を全身で感じ取っていた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」十二月二十四日[1]



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