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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第一章~蜜月~

正徳十九年(二○○七年)十二月二四日(月)[3]

「・・・ねぇミク、本当にこんな所で良かったのかい?」



不安に駆られて思わず質問してしまう。

雨降りしきる中で二人がやって来たのは、

駅前で新規オープンしたカラオケボックスの一室だ。



「はい! 実は私、以前からずっとここに来てみたかったんです!」



ミクは膝の上に乗せたカタログをめくりながら楽しそうに答えた。

視線は膝上に固められたまま、嬉々として曲を探している。



「テレビでもカラオケリクエストランキングとかあるじゃないですか?

 あれを見ながら、みんなが自由に歌を歌えるサービスというものに凄く興味があったんです。

 それにここのカラオケボックスがオープンしたときにも、

 皆さんがしきりにこのお店の話をされてて

 、一度で良いから来てみたいなって、そう思ってたんですよ!

 ・・・・・・も、勿論、それはぜひ星登さんと来てみたいって、そういう意味ですよ!」



本音の欲求をちらりと出してしまい、慌てて言い繕うミクの様子が何とも微笑ましく、

星登は羽毛のように軽やかな情念を抱きながら、少女の姿を見つめていた。



ミクからカラオケボックスに行ってみたいと告げられたときには意表を突かれてしまった星登だが、

ミクが本来介護用途向けに設計されたことを考慮すれば、

それは自然な欲求なのかもしれない、と考えていた。

新聞で報じられている限りでは、他の<初音ミク>は高齢者介護施設や終末医療施設、

いわゆるホスピスといった施設で導入が積極的に進められており、

そこでは<初音ミク>達による音楽会や絵画教室など、様々な催しが行われているという。



思えばこれまでミクが強い興味を示してきた『花』や『子供達との触れ合い』、

『手品』や『人とのコミュニケーション』などは、どれも人間が安堵や温柔を感じられる、

いわゆる『癒し』の情動を抱くことができる要素ばかりだ。

要介護者に安寧を感じてもらい、また一時の愉楽を提供できるように、

<初音ミク>たちもそういった類のものに興味を持つように設計されているのかもしれない。



それならば、と星登は思う。



自分はこれまで、ミクに対してどれほどの『欲求』を抑え込ませてしまったことだろう。

子供達や人とのコミュニケーションはミクが独立して行っている様子だが、

歌を歌ったり絵を描いたりといったことに対しては、星登は全くの無頓着であった。

壁が薄いために日常会話すら抑え気味に話さなければならない今の住居環境は、

実はミクに大変なストレスを感じさせていたのかもしれない。



何だかな、と己の心の内を嘲笑う。

ミクの「マスター」という立場になり、

まるで自分がミクの保護者になったかのような錯覚を抱いていたが、

自分はまだ何も彼女の事を理解できていない。

こうして彼女が何を求め、何を欲しているのか、

それすらまだ掴み切れていないのだから。



しかし、だからこそ、星登はミクの本当の存念や素懐といったものを掬い上げたいと、そう思った。

自分の欲求をなかなか表に出さない少女の本音を聞き出すのはかなり骨が折れる仕事だと思われたが、

それでもこうして、嬉々とした表情で曲を選んでいるミクの姿を見れば、

やはり彼女のためにも色々な所へ連れて行ってあげたいと思えたし、

色々な物を見せてあげたいとも感じられた。



ふいに、ミクがカラオケのコントローラをチラチラと見ながらそわそわし始めた。



「どうしたのミク? 歌いたい曲が決まったなら入力すれば良いじゃないか?」



そんな星登の問いかけに、ミクは遠慮がちに答えた。



「あの、・・・星登さん、お先にどうぞ? 私は後でも結構ですので・・・・・・」



「ハハハ、そんな事を気にしてたのかい?」

余りにもミクらしい回答に、星登は思わず笑みを零す。

「良いんだよ、むしろミクに先に入力してほしかったくらいさ。

 僕はスロースターターだからね。

 最初はまだ喉の調子が良くないんだよ」



星登の言葉にパッと表情を綻ばせ、慣れない手つきでコントローラを操作し始めるミク。

遠慮深いというか引っ込み思案というか、つくづく自分の欲というものを抑え込んでしまう娘だ。

星登としては、いくらアンドロイドとはいえ、

もう少し積極的になっても良いのではないかと思うのだが、

いかんせんこればかりは性分というものなのかもしれない。

これから少しずつで良いから、ゆっくりと是正していけば良いだろう。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」十二月二十四日[4]


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