スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初音ミクSS「君の心は、そこにある」第一章~蜜月~

正徳十九年(二○○七年)十二月二四日(月)[4]


ふいに、部屋の中を腹の底まで響いてくるような大音響が包み込んだ。

思わず身を竦めてしまうほど圧倒的な音の重圧に、

ミクも刹那だけ驚愕の表情を浮かべるものの、

奏でられる旋律が先ほど自分で入力した曲のそれだと気づいた途端、

すぐに喜悦のそれへと変化させた。



ディスプレイに曲名が大きく表示される。

曲名は「メルト」。

この歌には星登も聞き覚えがあった。

確か十二月初めに発表されたばかりなのに、

早くも様々なランキングの塗り替えを記録している新曲だ。

少女の初々しい恋の様子を繊細に描いた歌詞が反響を呼び、

老若男女様々な層から支持を受けている名曲である。



「この曲、私ずっとずっと歌ってみたかったんです!

 この曲の中の女の子がすっごく可愛らしくて、素敵な恋をしてほしいなって純粋に思える、

 とっても素敵な歌なんですよ!」



ミクがマイク越しに興奮気味に話す。

彼女の声はマイクを通す事で部屋を振るわせる程の大音量となってしまっているが、

どうやら自分の声がひどく増幅されていることに気づいていない様子だ。

ただ興奮気味にメルトの素晴らしさを語り続けるミクを、星登は苦笑気味に見つめるしかない。



そして前奏が終わりに近づきAメロが始まろうとする段になって、

ミクは真剣な面持ちでディスプレイに向き直った。

微かに息を吸う気配を部屋に残し、ゆったりと言葉を紡ぎ出す。





  朝 目がさめて

  真っ先に思い浮かぶ 君のこと



刹那、空気の色が変わった。



劇的な瞬間だった。



それは彼女が歌い始めた瞬間ではなく、彼女の声そのものが歌となった瞬間だった。

それまではただ声でしかなく音でしかなかったものが、

精緻な歌となり豊穣な音楽へと見事に織り上げられた瞬間である。





  思い切って 前髪を切った

  「どうしたの?」

 って 聞かれたくて



星登の肌が、髪が、ミクの歌と同調するように微かな蠢きを伴いながらさやいでいた。

いや、それは星登の肉体だけではない。

この部屋に座する物全て──机であり、ソファであり、あるいは壁紙でもあり──が、

静かに共鳴し、鳴動していた。

ミクが奏でる一つ一つの歌が圧倒的な音素となって、

部屋中を荒々しく蹂躙するように見えながら、その実、海のようにしなやかでたおやかな旋律を以て、

聞くモノの本能に対し、ある感情を訴えかけてくるのだ。

それは無機物も有機物も関係なく、物質そのものが本質的に持っている本能へ、

直接作用してくるような感情だった。





  ピンクのスカート お花の髪飾り

  さして出かけるの

  今日の私は かわいいのよ!

  メルト 溶けてしまいそう

  好きだなんて 絶対にいえない・・・



それは、『歓喜』だ。



歌う事そのものの喜びを力強く歌声に乗せ、全身で喜び、愉悦し、楽しみ、歌う。

星登と共に在ることを喜び、星登を楽しませ、星登を楽しませる自分を楽しませ、

その相乗効果によりミクの姿は神々しささえ帯びながら輝いているようであった。

スピーカーから鳴り響く数多の音素を背後に率いて、

ミクはただ歌声という指揮棒ひとつを振るい、それらあまねく音の群をうねるように奏でていく。



楽しんでいた。

ミクはただ歌うことを楽しんでいた。



そんな彼女の歌は圧倒的な魅力で部屋のあらゆる物を引き込み、

さながら怒濤のような激しさで翻弄するばかりである。

豊潤な歌声の渦の中、しかし星登は歓喜や喜悦といった感情とは別種の、

微かな想念が歌声の奔流の中でたゆたっていることに気がついた。





  だけど メルト 目も合わせられない

  恋に恋なんてしないわ わたし



ミクの素懐、歌の中の少女が抱く胸裏、どちらが真のそれか判別できなかったが、

しかし歌声に込められた想念は間違いなく懸想の情であった。

目を薄く閉じ、陶酔したような面持ちに微かな恥じらいを滲ませながら、

少女のたおやかな恋着を歌声にそろりと乗せていく。





  だって 君のことが 

  ・・・好きなの



ざわりと全身を何かが駆け巡った。

それほどはっきりと形に表れた感動だった。

感情の波が星登の心を穏やかに、しかし間断なく打ち続け、思わず涙ぐみそうになる。

何よりもその歌声、それこそが本当に素晴らしかった。

張りがあり透き通る歌声が、部屋の中をいんいんと響く中で、

星登は交々の情動を胸に染み入らせていく。



それは正にミクの解放の宴だった。

この宴は彼女の胸裏で抱かれていた願望の成就であり、

心裏で大切に生育された思慕の顕現である。

それら抑圧された静かな想いが、まるで歓喜の産声をあげるかのような無邪気さで華開いたのだ。



やがて歌は終わり、歓喜に彩られた歌声が部屋中を満たしていた先ほどまでと一変し、

部屋を包む音楽は味気ないポップスへと変わってしまった。

星登が次の曲を予約入力しなかったため、待機状態になったのだ。



「・・・あの、星登さん」

ミクがマイクをテーブルに置きながら尋ねる。

「・・・いかがでしたでしょうか? ・・・その、私の歌は?」



おずおずとどこか自信なさげな少女の姿は、

さっきまで見事な歌声を披露していた少女とは思えぬ程に弱々しく儚げだった。

いつもの遠慮深いミクの姿に、思わず苦笑を漏らしてしまう。

しかし星登は、己が抱いた感懐を正直に彼女へ告げた。



「うん、本当に凄かった。

 ミクを見くびっていたわけじゃないけど、こんなに歌が上手いなんて驚かされてしまったよ。

 さすがだね、ミクは」



素直な賛嘆を述べる星登。

そうやって褒めそやされることに慣れていないのか、ミクはただただ恐縮するばかりだ。



「まだまだ時間はあるし、もっとミクの歌を聴かせてくれないかい?

 僕はすっかりミクのファンになっちゃったよ」



「はい、それはもう喜んで! ・・・ですけど、今度は星登さんが歌を予約してください。

 私はその後で結構ですので・・・」



「いいよいいよ、そんなこと気にしなくて。

 僕は『歌いたい』んじゃなくて、ただ純粋にミクの歌を『聴きたい』だけなんだから」



その星登の言葉でようやくミクは吹っ切れたのか、次々と歌を入力していった。



それからはちっぽけでありながら、どこまでも壮大なライブが幕を開いた。

ミクの歌が、喜びが、そよぐ春風のような穏やかさと激しさで部屋の中を渦巻き続ける。

ときにポップスを歌い、ときに童謡を歌い上げる彼女の声は、

さながら質量を伴うかのような迫力と圧力で部屋を席巻し、

そうかと思えば絹布のような繊細さで星登の耳朶を柔らかく撫ぜるのだ。



至福。



この部屋の空気を表現するならば、その言葉こそが最適だろう。

胸に懐く歓喜と思慕を表出し、素懐を遂げるミクの喜び。

ミクの歌を胸に受け止め、そこに込められた数々の想念を聴き悦楽に浸る星登。

音を楽しみ、歌を味わい、互いが互いの楽を共有し、供与する。

二人の至福の時間はどこまでも続き、部屋の空気までもが楽に染まりきっていた。

星登もミクも互いの愉悦を肌で理解し、ただただ楽に没頭していく。



外では相変わらずぱらぱらと雨滴が降りしきっていたが、

そんな陰鬱とした雨の音など部屋まで届くこともなく、二人は喜びの笑顔を浮かべながら、

ゆったりとした至福の時間を心ゆくまで楽しんでいた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」十二月二十四日[5]


関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

bkjmvpmem

プロフィール

缶

Author:缶
SS書いたり読書感想文書いたり仕事のあれこれを勝手気ままにダダ漏れさせる予定のようなそうでないような。

缶のTwitterアカウント

缶のpixivアカウント

オススメ!

最新記事
リンク
ブログ内検索
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。