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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第一章~蜜月~

正徳十九年(二○○七年)十二月二四日(月)[6]


店を出て家への帰路につく二人。

駅前の賑やかさは遠い夢の出来事であったかのように、

あたりはシンと静まりかえっていた。

藍色の帳が下りた住宅街を、二人の靴音だけがコツコツと響いていく。

たまに自動車のエンジン音がどこか遠くから聞こえてくる以外は、

二人の間には穏やかな沈黙がしんなりとたゆたっていた。



星登が横目で隣を歩くミクの表情を盗み見る。

店を出てからというもの、ミクは焦がれ慕うような面持ちで、

ほのかな微笑を抑える事も出来ぬまま、胸の中の喜びを大切に育んでいる様子だった。

時折指先で髪飾りを撫ぜては、ほう、と小さな吐息をついているミク。

そんな妙に艶めかしい少女の仕草が、星登の胸中を微かにざわめかせた。



静かだった。

ただ無機質な靴音だけが繰り返される沈黙は、どこか寂然とした印象を与えつつも、

星登とミクにあってはただそれだけで安らかな静けさをもたらしていた。



誰かが、隣にいてくれる喜び。



それこそ、今まさに星登が感じている幸福そのものの姿だった。

隣を歩く少女との間にたゆたう、たおやかで安息をもたらす沈黙。

それだけで安心してしまう、そこにいてくれるだけで心が温まる、柔らかくて確かな絆。



星登は思い出す。

かつての痛々しい自分の姿を。

茫漠とした孤独の中を、もがき、足掻いて、ただ心を磨り減らしていくばかりだったあの頃。

寂寞の極みにいたあの頃から、よくもここまで快復できたものだと思う。

それもこれも、少女のお陰だった。

ミクへの感謝の気持ちと、至福の情動に満たされた心の内を確かに感じながら、

星登はミクの歩調に合わせつつ帰路を辿っていた。



ふいに風の気配を感じて、星登は視線を上げる。

その瞳に容赦なく飛び込んできたのは、荘厳で壮麗な光景だった。



「ミク、ミク、見てごらん!」



星登は興奮気味に天を指差す。

突然の様子にミクは泡を食ったように慌てふためく物の、

すぐに星登の指差す方向へ視線を向けて、その壮大な光景に息を呑む。



夕方まで雨を降らせていた曇天のせいで、空はいつもより暗くなっていた。

しかしそのお陰か、雲間から差し込む月の光が束となって、

まるでスポットライトのようにくっきりと鮮やかに浮かび上がり、街へ降り注いでいた。



「・・・・・・すごい・・・」



思わず感嘆の言葉を漏らすミク。



「ねえミク、知ってるかい?」



「え?」



「ああして、雲の隙間から光が差し込んでくることを、何て言うかさ」



ミクは首を横に振ると、星登がこたえた。



「『天使の梯子』って言うんだよ」



「・・・・・・てんしのはしご・・・ですか?」



「本当は太陽の光が雲間から差すことを言うらしいんだけどね。

 それにしても、昔の人はロマンチックだよね。

 ああして雲間から差す光を、天使達のための道しるべだって言うんだから」



星登の言葉を聞きながら、ミクは視線を天に向けていた。



厚い雲を抜けた月の粒子達は、宵闇に溶けて蒼い光の帯となり、

透明な梯子となって藍色の街へと降り立っていた。

光の梯子はいくつも街へ降り注ぎ、さながら天を支える光の柱のようですらあった。



「・・・今年は雨になっちゃって、残念ながらホワイトクリスマスにはならなかったけど、

 ・・・こうして天使達が降りてきてくれたのだから、とても素敵なクリスマスだよね」



星登は自分の言葉に何とも言えぬむず痒さを抱きつつも、

しかしミクはそれをからかったりはしなかった。

ただ星登の言葉に感応し、共感の微笑みを湛えるだけである。



雲間から伸びる蒼い月光が、何条もの帯となって宵闇に浮かぶ。

神々しさすら纏う透き通った梯子達は、

地上で輝く星達にさらさらと恵みを分け与えていた。



地上に輝く、人々の営みの光。

それらひとつひとつはささやかであっても、

しかし彼らにとってはきっとかけがえのない生活がそこに在るはずだった。



かつての星登は、その光の粒子達をただ羨望の眼差しで見る事しかできなかった。

街に点々と灯る小さな粒を見る度、星登はたまらぬ憐憫に苛まれ、孤独感に身を引き裂かれた。



しかし、今は違う。



何故なら星登の隣には、明るくて、遠慮深くて、朗らかな笑顔を浮かべて、嘘をつくのが下手で、だけどいつもたおやかに佇む、愛らしく可憐な少女がいてくれるから。



隣でミクは両手に息を吹きかけて温めている。

白い吐息がほわりと浮かんで、藍色の夜気に溶けていった。



それを見て、星登は自然にミクの冷えてしまった手を握った。

ミクの手は小さくて、冷たくて、何よりも可憐だった。

星登はガラス細工を扱うように、大事に、柔らかく、包み込むように、

ミクの手を自らの手で温めた。



手を繋ぎ、天を仰いで、星登が告げる。



「メリークリスマス、ミク」



間を置かず、満面の笑顔でミクが答えた。



「メリークリスマス、星登さん」



ミクの髪に飾られたマーガレットが、

月光の静かな恵みに応えるように、曖昧な光を反射させている。

それはまるで季節外れの蛍のように、ミクの華やかな笑顔を幻想的に彩っていた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」一月九日[1]へ


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