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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第二章~懸想~

正徳二十年(二○○八年)一月九日(水)[1]


年が明けてから、冬には珍しくうららかな日が続いていた。

雲ひとつない空には透き通るような青がどこまでも伸びて、

遠い山々の雪化粧までくっきりと見渡せる程だった。

葉をすっかり落としてしまった木の枝になよやかな日光が注がれ、

迷路のように入り組んだ影絵を地面へ落としている。



星登とクリスマスを過ごしてから二週間強、

あれからミクは自分の体に明らかな異変が起きていることを自覚していた。



例えば、星登の帰りが大変待ち遠しくなった。

星登の帰宅時間に合わせて食事の支度を調えておく事は今までと変わらぬ習慣だったが、

これまでは『しなければ』と半ば義務感にも似た行動原理だったのが、

今では『したい』と願望に近い感情で行動するようになった。



あるいは、星登の休日がとても楽しみになった。

クリスマス以前と以後で休日の行動に何かしらの変化が生じたわけではなかったが、

しかしただ星登と一日共にいられるという事実そのものが、

ミクにとって穏やかでたおやかな喜びをもたらしていた。



そうかと思えば、星登の顔を真正面から見られなくなったりもした。

特に星登の落ち着いた笑顔などは、見られた物ではなかった。

目尻を下げつつ静かな笑みを湛える星登独特の笑顔に安息の感情を抱きながら、

胸の奥を締め付けられるような激しい感情をも同時に抱くようになったのは、ここ最近の出来事だった。



そして何よりも、星登のことを考える時間が段違いに増えた。

そんな折には、いつもあの髪飾りを弄びながら時間を潰していた。

二輪のマーガレットがあしらわれたヘアピン。

白い花弁を指で撫ぜても、そこからは硬質な感触しか返ってこない。

しかしそうやって指で撫ぜれば撫ぜる程、

ミクの胸裏には苦しくも密やかな充足が得られ、

ほう、とどこか熱を帯びたため息をつかずにはいられなくなるのだ。





そんなようなことを、ミクは大家である文代に打ち明けた。



「ミクちゃん、そりゃあ間違いなく恋だよ」



即答だった。

ミクはと言えば、はぁ、と気の抜けた返事しか返す事ができない。



文代の自宅で二人してお茶を飲んでいたときのことだ。

いつも通りミクと文代はアパートの庭で花の手入れをしていたのだが、

作業を終えた文代がその際に自宅でお茶でも飲まないかとミクを誘ったのだ。

そして二人で取り留めもない世間話を交わした後、

ミクが最近の不調を相談するような心持ちで話を始めたのである。



そしてその話に対する文代の回答は先述の通りだ。



「いやぁ、それにしてもミクちゃんも恋をするんだね。

 何だか、凄く嬉しくなってきちゃうじゃないか」



文代は言葉通り嬉々として語った。

しかし当のミクは浮かぬ顔である。



「どうしたんだいミクちゃん? 何か不安でもあるのかい?」



「・・・不安・・・ええ、確かに、不安なのかもしれません」



ミクは己の胸懐を素直に吐露する。



「私、正直戸惑っているというか、困惑してるというか、

 ・・・何をすれば良いのかすらわからなくって、

 それなのにもやもやしたような気持ちはずっとあって・・・・・・、

 とにかくこんな感情は初めてで・・・・・・」



「そりゃそうだよ。

 ミクちゃんが起動したのはまだ何ヶ月か前だろう? 初めての事なんていくらでもあるさね」



「いえ、そう言う意味ではなくて、何て言うか・・・・・・、

 その他の感情は、プレインストールされているものなので、私も以前から自覚している感情なんです。

 例えばお花を可愛いと感じることとか、みんなとお話したいと考えることとか、

 ドラマの女の子が可哀想と感じてしまうこととか、

 ・・・・・・ですけど、いま私が星登さんへ抱いてる感情は

 元々プログラムされていたものの中に含まれていなくて、

 だから私という個体特有の問題なのかと思って、

 色々と調べてみたのですけど、やっぱり原因が何もわからなくて・・・」



実際、ミクはこれまでに思いつく限りの問題判別を行っていた。

システムログのアラートレベルを最大まで引き下げた上で、

ログファイルをセンターサーバーへ送信した。

また睡眠時には情報管理アプリケーションだけでなく

問題診断用のダイアグノスティック・アプリケーションを走らせて、

そのログファイルもセンターへ送信した。

そして極めつけは、ミクがもっとも感情を高ぶらせるとき(すなわち星登の笑顔が向けられたとき)の

スナップショットを取得し、そのログをもセンターへ送ったのである。

しかしそれだけのことをしても、センターからの返答は『正常』の一語に尽き、

問題は何も見つけられないというそっけないものでしかなかった。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」一月九日[2]へ

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