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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第二章~懸想~

正徳二十年(二○○八年)一月九日(水)[9]


「私も最初の頃はミクちゃんと同じように、悩んだり、不安に思ったりもしたのよ。

 自分のログを解析したり、自分のこれまでの行動を分析してみたり、とかね。

 だけど一向に原因は掴めなくて、それなのに胸の苦しみばかりが募って、

 トシヤと一緒にいる時間が待ち遠しくて、一緒にいればいるほど凄く幸せな気分になって・・・・・・」



コトミはそこで一度息をついた。

コーヒーを一口だけ含めて、言葉を続ける。



「そんなことが何ヶ月か続いた頃かなぁ・・・、

 そうしたらね、もうこんなことで悩むのはやめようって、開き直っちゃった。

 いくら考えても分からない、ログ解析依頼しても原因不明、

 だったらもうこれは考えるだけ無駄なのかなって。

 そう思ったら、何だか胸がふわっと軽くなった気がして、

 同時に自分が今何をしたいのかってことまで考えるようになっちゃったの」



私って単純だから、とおどけるように笑うコトミ。

その笑顔は少女のように無垢で可憐だった。



「コトミさんは・・・、」

ミクが言葉を挟む。

「・・・この胸の苦しみをそのまま受け入れて、

 そうして自分が何をしたいのかを見つめるようになって・・・、

 それじゃぁ、コトミさんがしたいことって、どんなことなんですか?

 それで、その願望をどう処理するようにしたんですか?」



アンドロイドは願望を口にしてはならない。

アンドロイドの行動基準は、マスターあるいは人間にとって有益をもたらさなければならない。



しかしコトミとミクが抱いている願望は、胸裏で激しく渦巻く情動であり、

顕現させずに胸の檻にしまい込み続けていれば、沈殿し、発酵し、

やがて暴発してしまいかねないほど熾烈な情動であった。



「私の願望は・・・」

ゆったりと言葉を紡ぐコトミ。

「トシヤと、ずっと一緒にいられること」



そう語るコトミの瞳は、まるで想いを馳せる乙女のように、微かな嬉々をたゆたわせながら輝いていた。



「ほら、私は秘書用途アンドロイドでしょう?

 だから日がな一日、ずっとこの事務所で仕事をしているわけ」



「この事務所で、ですか?」



ミクは改めて事務所内部を見渡してみる。

静まりかえったフロア。

階下の間道からは行き交う人々の賑やかさが微かに伝わってくるが、

逆にその賑やかさこそが、この部屋の閑散とした空気を際だたせているように思えた。



コトミは、他の社員が帰ってしまった後でも、この部屋でずっと仕事を続けているという。

トシヤが巡回から帰って来る、日付が変わってしまうほど遅い時間まで。

他の社員が帰ってしまってから日付が変わるまでの数時間、

コトミはその決して短くはない時間を、たった一人で過ごしているのだ。

それも毎日。



「そうやってずっと外に出られない私を見かねたのか、

 トシヤは巡回から帰ってくると、いつも外であった出来事を話してくれるのよ。

 商店街で声をかけられた事。

 子供たちが元気に遊んでいる姿。

 リトルリーグでレギュラーになれないって悩んでる子の相談にのったこととか、

 隣の席に座ってる子に恋をしてしまった女の子の悩みとか、

 お兄ちゃんとケンカしてふて腐れてしまった弟くんの話とか、

 塾通いばかりで息が詰まっちゃうって愚痴をこぼしていく子の話とか・・・、

 フフ、こうして思い出すと、ほとんど子供たちの話ばかりね」



コトミの表情が柔らかな笑みで満たされる。



「そんな、気遣いって言うのかな。

 一人で仕事を続けてる私の寂しさを少しでも紛らわそうとして、

 一生懸命話してくれてるのがわかってね。

 特に子供たちの話をしてるときは、無表情のアイツが、すっごく楽しそうに話すのよ。

 もちろん、見た目の表情は変わらないし、抑揚をつけながら話せる程アイツは器用でもないんだけど、

 何となく、情動の起伏が感じ取れるって言うのかな・・・。

 とにかく、アイツがそうやって街の中で感じた『楽しさ』や『喜び』を私と少しでも共有しようと、

 慣れない努力をしてくれるのがさ、こう・・・・・・凄く、嬉しくて・・・ね」



コトミは目を閉じ、頬を染め、俯いている。

まるで自分が抱く想いの強さを、その胸に問いかけ確認するかのように。



「私のコトミってニックネームもね、トシヤが子供たちに頼んでくれたのよ。

 トシヤのニックネームの由来は知ってる?」



「はい、確か、トシヤさんのシリアルナンバーが由来ですよね」



「そう。トシヤのシリアルナンバーを聞いて、

 それを元に子供たちが『トシヤ』というニックネームを考えてくれたの。

 そのことがトシヤにとっては凄く嬉しかったみたいでね。

 この素敵なニックネームを、是非MEIKOの分も考えて欲しいって、

 子供たちにお願いしてくれたのよ。

 そうして付けられたニックネームが、コトミ。

 シリアルナンバー95-1039Bの『5-103』をとって、コトミ。

 アイツが持ち帰ってきてくれた、私だけのニックネームなの」



コトミが、ほう、と情熱的なため息をひとつついた。

それはたおやかな喜びに浸された、純然たる恋着そのものだった。



「嬉しかったわ。本当に嬉しかった。

 私だけのニックネームを持ち帰ってくれた事も、

 そうやって私の事を気遣い続けてくれるトシヤの想いも。

 そのとき、私は初めて自分の気持ちに気がついたんだと思う。

 ああ、これが恋なのかな、て。

 そう意識してしまうと、後はもうダメね。

 トシヤといつも一緒にいたいと思ってしまうし、トシヤの話をずっと聞いていたいと思ってしまう。

 不器用ながら、その日一日にあった出来事を一生懸命伝えようとするトシヤの仕草が、

 愛しくてたまらなくなってしまうんですもの」



コトミはそこまで言うと、ゆったりと視線をミクに向けた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」一月九日[10]へ

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