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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第二章~懸想~

正徳二十年(二○○八年)一月九日(水)[10]


「ミクちゃんにも、きっとあるんじゃないかしら?

 好意のようなものはずっと以前から抱いていたけど、

 それが恋なのかもって意識し始めたきっかけのようなものが」



聞かれるまでもなかった。

それはミクにとって何よりも大切な思い出であり、記念日なのだから。

星登と初めて一緒にカラオケに行った、あの日の思い出。

星登から初めて贈られた、あのプレゼント。

そして星登と共に見ることが出来た、あの素晴らしく荘厳な光景。

それらはミクの記憶領域の深部に保管される程、

ミクにとってもっとも大切な思い出の欠片たちだった。



「それなら、もう決まってるんじゃない?」



コトミは表情に柔らかな笑顔を浮かべながら、

しかし母性的とも言える強さと優しさを同時にたゆたわせて、ミクにそっと語りかける。



「ミクちゃんがしたいこと。ミクちゃんが望んでいること。

 例えそれが漠然としたものであっても、ミクちゃんが恋をしているのなら、

 きっとあなたは何かしらの願望を抱いている筈」



コトミの口調は断定的なそれであったが、しかしそこからは回答を強要するような強引さが抜け落ちて、

残されているのは、ミク自身に己の内にあるであろう答えを見つめ直させようという、

教示者のような善導の響きだった。



「私にとって、それはトシヤと一緒にいられることだった。

 それじゃぁ、ミクちゃんにとっての願望って何?」



「・・・私の、願望・・・」



ミクは呟きながら、胸裏で心許なげに浮かんでいる願望の一つ一つを、改めて見つめ直してみた。



星登ともう一度カラオケに行ってみたい。



星登ともっと花の可愛らしさと美しさを共有したい。



星登と色々な所へ行って、同じ光景に感動したい。



・・・いや、違う。

それらは確かにミクの心裏で育成された願望のひとつではあったが、

それらはあくまで枝葉に過ぎず、根源的な願望であるとは言えない気がした。



それでは自分がもっとも強く願っている、本流とも言える素懐とは一体何だろう?

ミクは己の胸裏を深く見つめ直し、至純とすら言える純朴さで、

ただひたすらに『願望』の源流を模索し続ける。



そのとき、ふと過去の記憶が呼び起こされた。

それは星登と一緒にテレビを見ていたときの事。

大家族のドキュメンタリー番組を見ながら、何気なく星登の家族について質問した、あの夜の記憶だ。



そのときの星登との会話が鮮明に蘇ってくる。



『・・・家族は良いものだよ、本当に。

 父親がいて、母親がいて、子供がいる。

 みんなが笑顔でいられる。

 そんな家族の在り方が、ありふれた当たり前の姿こそが、一番幸せな形だと思うんだ。

 だからさ、僕もいつかは、あんな笑顔で溢れる家族を持ちたいなってね。そう思うよ』



『それが、星登さんにとっての夢なんですか?』



『夢、か。そんな大それたものではないけどね。

 でも・・・うん、こういう家族には、確かに憧れるよ』



この会話の後、自分は何と発言したか。

問うまでもない。

何故なら、それこそミクが胸の中で抱き続ける本当の願望のひとつだから。



ミクは面を上げ、しかしその表情には仄かな恥じらいを漂わせながら、

己の内に眠っていた願望をそろりと告げた。



「・・・私は、星登さんの家族になりたいです」



一度吐き出した想いは止まらない。



「星登さんは、幸せな家族に憧れると仰ってました。

 そして、そんな風に家族の事を語る星登さんは、

 とても安らかで、穏やかな表情で・・・それなのに、どこか凄く寂しそうな雰囲気も漂わせてて・・・。

 いつもは健やかな芯の強さを持ってて、私はそんな星登さんの強さに憧れたりもするんですけど、

 例えば家族の話をするときとか、そんな折にふと心細そうな表情を見せるんです。

 まるで迷子の子猫のように、行き場のない寂しさを心のどこかに抱き続けているような、そんな表情を・・・。

 だから私は、星登さんに憧れを抱く一方で、

 それと同じくらいに、星登さんの寂しさを埋められたら、て・・・そう思うんです」



それまでじっと黙して聞いていたコトミが、口を開いた。



「それは、星登さんと一緒に生活することで叶えられることなの?」



ミクはゆっくりと首を振る。



「・・・いいえ、わかりません。でもきっと、叶えられないのだと思います。

 だって私が欲しているのは、・・・私の願いは、何て言うか・・・、

 確かな絆が欲しい、とも言えるんです。

 共に過ごすだけでは越えられない、何か一線を画す絆を、最も欲しているんです・・・」



ミクの言葉は部屋の中を頼りなげに漂うと、やがて消えた。

残されたのは階下から聞こえてくる間道のにぎやかさと、

部屋を暖めるため尽力しているエアコンの起動音だった。

窓から差し込む光は朱色を帯びて久しく、

東の空は少しずつ藍色のそれに染まりつつある。

ビルの近くを鳥が何羽か通り過ぎて、

部屋の中に黒い影がいくつか素早くよぎっていった。



沈黙。



二人の間に訪れた、初めての沈黙。

しかしその沈黙を重いと感じる余裕すらない程に、

二人はそれぞれの思考に耽っていた。



「ごめんね、ミクちゃん」

やがてコトミが口を開いた。

「・・・私には、今のミクちゃんへ贈る言葉が見あたらない」



「・・・良いんです。だってそれはきっと、正しい反応ですから」



悲壮に満ちたコトミの表情とは裏腹に、ミクはどこかうららかな情動を湛えている。



「それに私、コトミさんとお話できて、本当に良かったって思えてるんです。

 だってここに来たから、私は方針を見つけることができたんですから。

 ・・・確かに今の私にはまだどんな行動をとるべきかわからないけど、

 それでも、星登さんと一緒に居られることの幸せを噛みしめることはできます。

 星登さんへの信頼を、もしかしたら無謀なほどの強い信頼を育む事だってできます。

 それに何よりも、星登さんに抱いてるこの痛いほどの愛しさは、本物なんだって感じられてますから・・・」



ミクはほんのりと頬を赤らめ、微かな恥じらいを垣間見せながら告げてみせた。

しかしこれらミクの言葉たちは、

乙女特有の強さで己の想いを肯定し、育んでいく決意の宣言であるとも言えた。



コトミはそんなミクの姿を眩しそうに見つめると、そう、とだけ返事し、

あとは満足そうに微笑みをたゆたわせるだけだった。



そんな折、窓外からもの悲しい旋律が部屋に染みこんできた。

夕方の時刻を知らせる市役所からの放送だ。

ミクはいつもこの放送を合図に、商店街へ買い物に行くのが日課となっていた。



「それじゃぁ私、そろそろお暇させていただきます」



そう言ってミクが立ち上がると、コトミもそれに倣って立ち上がる。



「今日は大したおもてなしもできなくてごめんなさいね?

 ミクちゃんさえ良ければ、いつだってここに遊びに来てね。待ってるから」



「はい、ありがとうございます!」



ミクはコトミに見送られ、事務所を後にした。


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