スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初音ミクSS「君の心は、そこにある」第二章~懸想~

正徳二十年(二○○八年)一月九日(水)[11]


この街の商店街に限らないことなのだろうが、夕方にもなると道路沿いは途端に賑やかになる。

小さな子供を自転車の後ろの席に乗せた母親が何人かミクを通り過ぎていって、

見てみれば駄菓子屋には子供たちが買い物を楽しんでいる。

商店街を通り抜けていく風はその身に冷たく乾いた厳しさを孕ませていたが、

商店街を行き交う人々の表情には仄かな強さを秘めた活気を含んでいた。



ミクが今夜のメニューを朧気に考えながら歩道を歩いていると、にわかに店内から元気な声で呼び止められた。



「よぉ嬢ちゃん! 今日も買い物かい!? ちょっと寄って行きな、良い魚が入ったからさ!」



そう声をかけてきたのは鮮魚店『魚八』の主人だった。

ここの主人はミクが起動して間もない頃から、こうして気さくに声をかけてくれている。



「今日は良い真鱈が入ったよ。

 旬の魚だから脂がたっぷりのってるし、今日は寒いから鍋になんかしたら最高だよ!」



「う~ん、鍋ですか・・・」



ミクは冷蔵庫に残っている食材を思い出しつつ、簡単なレシピを頭の中に描いた。



そういえば、星登は少し辛めの料理が好みだった事を思い出す。

それならば今夜はキムチ鍋にしてみるのも良いかもしれない。



星登が美味しそうに鍋を食べてくれる姿を思い描いて、

ミクは仄かな喜びが胸裏に満たされていくのを感じた。



「おや、どうしたんだ嬢ちゃん? 何か良い事でもあったかい? そんな嬉しそうな顔しちゃって」



「ふぇ!? い、いえ、何でもないですよ!?」



慌てて言い繕うミク。

そんなにわかりやすく表情に出てしまっていたのだろうかと、両手で顔をさすってしまう。

少し頬が火照っているように感じたのはきっと恥ずかしさからだろう。



「ははぁ~ん、さては嬢ちゃん」

主人が訳知り顔で問いかけてくる。

「もしかして、いまマスターの兄ちゃんのことを考えてただろう」



「え、ええ!?」



図星を突かれて、焦りを隠せないミク。



「ハハハ、やっぱりそうか!」

主人が元気に笑う。

「嬢ちゃんは素直だからなぁ! すぐに顔に出るから、わかりやすいことこの上ないさ!」



主人はさも面白そうに語るが、当のミクにとっては複雑な気分だ。



「良いねぇ若い子は。俺たちの世代から見れば、その初々しさが逆に羨ましくなっちまうよ。

 嬢ちゃんの爪の垢をうちのかみさんにも飲ませてやりたいってくらいさ!

 ああでも、かみさんももう年だからなぁ、今更初々しくなられても手遅れだわな!」



ケラケラと陽気に笑う主人。

彼の冗談を素直に笑えないミクは、愛想笑いを浮かべる事しかできない。



「なぁ嬢ちゃん、男ってのはな、今も昔も料理上手な女には目がないものなのさ。

『男を捕まえたいなら、まずは胃袋から捕まえろ』ってなくらいにな。

だから旨い料理をいっぱい作ってたらふく食わせてやれば、嬢ちゃんのマスターだってイチコロさ!」



「そう・・・でしょうか?」



「ああ、そうさ! 男の俺が言うんだから間違いない!

 恋の基本は料理から! これで嬢ちゃんの恋路だってバッチリさ!」



恋の基本は料理から。



ミクは胸中でその言葉を反芻してみた。



今まで食事の支度を調えてきたのは、確かに星登のためであったし、

何よりも星登の喜ぶ顔を見たいという純粋な素懐からきた行動であった。

しかしこの行動がそのまま恋の成就に繋がるというのであれば、

今までの行動はまったくの無意味ではなかったのかもしれない。



ミクは自分の行動に微かながらも自信を持つ事が出来た。

それと同時に、これからのアクションに対する勇気も合わせて生成された。



「俺も、嬢ちゃんの恋がうまくいくように心から願ってるのさ。だからさ」

そこで主人は声を大きく、おどけて言ってみせた。

「うちの魚を買って、嬢ちゃんの恋路の手助けをさせてもらえないかね!?」



ミクは笑ってしまった。

なるほど、こういうオチか。



しかし主人が教示してくれた、『男を捕まえたいなら、まずは胃袋から捕まえろ』という言葉は、

ミクの記憶領域に大切に保存させてもらうことにした。



「わかりました、それでは真鱈にお手伝いいただきたいと思います。良いですか?」



「はいよ! いつもありがとうな!」



そしてミクは、意気揚々と魚八を後にしたのだった。









ミクが退店した後の魚八にて。



「ちょいとアンタ」



店の奥から声をかけてきたのは、魚八の主人の妻だった。



「お、どうしたんだ母ちゃん。そんな怖ぇ顔しちまって」



「いま恋の話がどうのこうのって聞こえたから、気になって出てきたのさ」



ギクリとわかりやすく身をこわばらせる主人。



「いや、まぁ、あそこで言った事はよ、お客さんへのリップサービスってやつさ。

 母ちゃんは今でも初々しい愛らしさを持ってると思うぜ?」



「おバカ、そんなことを言ってるんじゃないよ」

妻は軽くいなす。

「さっき来てたお客さんって、もしかしてあのミクちゃんじゃなかったのかい?」



「え? あ、ああ、そうだぜ。それがどうかしたのか?」



「どうかしたのか、じゃないわよ。

 アンタ、ミクちゃんに対して恋の応援をするとかなんとか言ってたのかい?」



「ああ、言った。あんな良い子なんだ、あの子の恋だって応援したくなっちまうじゃねぇか」



妻が大きくため息をつく。



「何だよ母ちゃん、そんなため息ついちまって。

 俺が何か悪い事したか? 言いたい事があるならハッキリ言ってくれや」



「悪い事って・・・、だからアンタは浅はかなんだよ」



妻は周りをきょろきょろと見渡し周囲に誰もいないことを確認してから、声を押し殺して告げた。



「ミクちゃんはね、アンドロイドなんだよ?

 アンドロイドと人間の恋なんて、うまくいくわけがないじゃないか!?」


初音ミクSS「君の心は、そこにある」一月十一日へ

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

缶

Author:缶
SS書いたり読書感想文書いたり仕事のあれこれを勝手気ままにダダ漏れさせる予定のようなそうでないような。

缶のTwitterアカウント

缶のpixivアカウント

オススメ!

最新記事
リンク
ブログ内検索
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。