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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(二○○八年)二月一日(金)[2]


立春とは言いながら、まだまだ寒い日が続いていた。

風はその身に潤沢な冷たさを孕み、肌に残された仄かな太陽の恵みすらも瞬時に奪い去っていく。

朝の冷え込みも水の冷たさもまだまだ厳しく、冬の冷寒を感じさせるに充分だったが、

ふと見上げれば梅の木にかよわい蕾が点々と身を固めているのが目に付いたりもして、

思ったより春の息吹はずっと身近に訪れているのかも知れない、とミクは思った。



一日の旅を終えようとしている太陽が西の空を鮮やかな紅に染め上げる頃、

ミクはいつも通り商店街へ夕飯の買い物に出かけていた。

そんな折、ミクに内蔵されたモバイルフォン機能に星登からメールが届いた。



『今夜うちに高校時代の同級生が遊びに来るんだ。悪いけど、夕飯を一人分余分に頼むよ』

その連絡にミクは多少なりとも意外性を感じてしまう。

というのも、ミクが起動してからの数ヶ月間、星登と生活を共にしてきたが、

彼が自宅に友人を招くのは初めての事だったからだ。

たまに職場の同僚と飲みに行ったりすることもあったが、

それは外の店で飲んでくるだけで、それも本当にごく稀のことだった。



しかし、とミクは思い直す。

例えそれが希有な事例であったとしても、星登が友人を自宅に招くというのであれば、

自分はそのご友人をお客様として精一杯おもてなしするだけである。

そこにミク個人としての私事も興味も挟む余地など残されている筈がない。



ミクは早速考えていた夕食のメニューをワンランク上げ、

かつ材料を一人前増やす前提でレシピを構築しなおした。





ミクが夕食の下ごしらえを終え、

後は簡単な仕上げを残すのみという段になったところで、星登がアパートに帰ってきた。



「ただいま、ミク」



いつもの変わらぬ星登の表情が玄関に訪れる。

開かれた玄関を寒気が抜けて、室内に舞い込んできた。



「お帰りなさい、星登さん」



常であればその星登の柔らかな表情にたおやかな喜びを感じられる筈だったが、

今夜のミクは少なからぬ緊張を持ちながら星登の帰宅を迎えていた。



「お邪魔しまーす」



そして星登の背後から続けて玄関へ入ってきたのは、何と妙齢の女性だった。

星登の元同級生というから年は二十三歳なのだろう、

髪は少しウェーブのかかった特徴的な猫っ毛で、吊目がちの大きな瞳が気丈な印象を与えた。



女性が玄関に入りドアを閉め切ってから、星登が口を開いた。



「紹介するよ井上。この子がミク。お前が見たいと言ってたアンドロイドの<初音ミク>さ」



「は、初めまして。初音ミクと言います。宜しくお願いします」



ペコリ、とお辞儀をするミク。

そんなミクに驚愕の表情を一瞬浮かべるものの、すぐに平静さを戻す女性。



「へぇ~、あなたがあの噂の<初音ミク>なんだ。

ふ~ん・・・」



井上と呼ばれた女性はブーツを脱ぐと、

ミクの周囲をうろうろしながらミクの身体を興味深げに観察し始めた。

ミクの表情、ミクの腕、ミクの髪の毛、ミクの肌やその息づかいまでをも検分するかのように、

彼女の尊大とも言える観察は続けられる。

一方的にただ彼女の視線を傍受するだけのミクにとって、

それは何とも緊張を解く事の出来ない、落ち着かぬ時間であった。

その場を動く事も出来ず、ただ身体に力が入ってカチコチと固くなってしまい、

女性の気が済むまで待ち続けることしか出来なかった。



星登は女性の紹介を、彼女が心ゆくまで観察を楽しんでからにしようとしていたが、

一向に女性の観察が終わる気配を見せない事に痺れを切らして、強引に女性をミクに紹介してみせた。



「ミク、彼女が僕の高校時代の同級生で、名前は井上凜奈(りんな)。

 僕がミクを買ったことを伝えたら是非見てみたいって聞かなくてね。家へ招いたんだ」



「そうだったんですか。宜しくお願いします、井上さん」



にこやかに挨拶をかけるミク。

井上はそんなミクの反応に多少の戸惑いを見せるものの、

しかしミクの言葉にいらえを返すこともなく、ただミクの身体を観察し続けている。

ミクは己が投げた言葉がそのまま宙に浮いてしまった事に多少の狼狽を感じながらも、

彼女の気が済むまでとにかく待ち続ける事にした。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」二月一日[3]へ

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