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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(二○○八年)二月五日(火)[1]

所変わり、星登の職場にて。



昼休みが終わり、気だるい午後の業務に取り掛かろうという時間、星登はトイレの個室で用を足していた。



どこか曖昧な眠気が星登の脳裏を緩やかに覆い包み、

このまましばらく個室で休憩していたい、という誘惑に駆られてしまう。

しかしそんな甘えた欲求を理性で抑え、小さな覚悟と共に個室を出ようとしたとき。



「なあ山本、そういえばあれから緒方を誘うことはできたのかよ?」



「いや、誘ってないよ。そもそもあれから飲み会やってないしな」



そう言いながら誰かがトイレへと入ってきた。

その声と話しぶりから、入ってきたのは高橋と山本であろうと星登は考えた。

同期の山本は一ヶ月程前に、星登を飲み会へ誘ってくれたことがあったが、

そのときの星登はそれを断ったために、何とはない後ろめたさを抱いてしまっていた。



彼らは個室を使うことなく、小便器の前で会話を続けている。

その会話に耳を傾けてみると、どうやら星登自身を話題の中心としているようだった。

盗み聞きをしているようで何とも言えないやましさが星登の心に宿るものの、

しかしだからこそ個室を出るタイミングをも逃してしまったため、

彼らがトイレから出て行くのを待つ格好となった。



「・・・なぁ、山本」

同僚の高橋が話しかけた。

「緒方のヤツ、まだあのロボットに入れ込んでるのか?」



「そうみたいだな。あいつがアンドロイドを手放したって話は何も聞かないし。

 何も聞かないってことは、あれから何も変わってないってことだろ?」



一瞬ドキリとする。

山本と高橋は自分の事というよりも、自分とミクのことを話題に上げているようだった。

ミクの事を濫りに職場で吹聴した記憶のない星登にとって、

こうして同僚がアンドロイドについて話している事実を目の当たりにすることは、

アンドロイドにまつわる噂の伝達速度の広さと速さに対して、驚愕の念を抱かせるに足るものだった。



「それにしても、よ」

高橋が洗面台で手を洗いながら続ける。

「そんなにあのロボット人形が良いものかね。

 だってアイツ、まだまだ若いだろ? ええっと、確かまだ二十・・・」



「アイツは高卒で入ってきたから、二十三歳だな」



「そうそう、まだ二十三だろ? まだ若いのにさ、高いカネ払って、

 わけわかんない人形買って、んでそいつが出来る事と言えば家事手伝いくらいだろ?

 普通あれくらいの年だったらさ、もっと他の事にカネを使うもんじゃねえか?

 旅行とか、車とか、AV機器とか、さ。

 ちょっと、不健康に過ぎる気がするんだよなあ、アイツ」



その言葉は、鋭く、そして無残に、星登の胸を刺し貫いた。

律儀にもグサリ、という音まで聞こえた気がした。

誰にも迷惑をかけず、己とミクの幸福をただ享受し続けていただけの、これまでのちっぽけな生活。

そのささやかな幸福を、他人の目から見れば『不健康』の

一言で片付けられてしまうことが、何よりも衝撃だった。



しかしそんな星登の思惑など、文字通り何処吹く風とばかりに、

山本たちの会話はなおも続けられる。



「でもカネの使い道なんて人それぞれだろ?

 少なくとも、パチンコやギャンブルにカネをつぎ込むよりは健康的じゃないか?」



「どうだろうな。だって」

高橋はそこで一旦言葉を切る。

「アイツはさ、人形相手に本気で熱上げてるんだぜ?

 アキバ系のやつらがフィギュア相手に『萌え~』とか言ってるのと何が違うんだよ。

 ・・・正直、ちょっと気持ち悪いな、俺は」



頭を殴られたかと思った。



自分とミクの同居生活を客観的に見たときの、

他人からの冷静な視点というものを強制的に見せつけられ、星登は困惑の嵐に翻弄されるだけだった。

ミクの純朴な想いも、星登が胸にたゆたわせている淡い恋着も、

アンドロイドとは関係ない生活を送っている一般人から見れば、

それは人形に熱を上げている異常者としか映らない事実。

その凍える程の現実が、星登の戸惑いを一層混沌としたものへと落とし込んでいく。





「おいおい、気持ち悪いなんて・・・、そういうことを軽率に言うもんじゃないぞ」



山本がフォローを入れるものの、その語気には本気で諫めようという心根が感じられない。



「じゃぁお前は、今の緒方が正常だって言えるのか?

 確かに犯罪を犯してるわけじゃないし、借金まみれになって人生を棒に振ってるわけでもない。

 だけどさ、何かこう、人間の女じゃない、架空の女に入れ込んでるっていうかさ、

 ・・・うまく説明できねえけど、どうしても受け入れられないんだよ、俺は。

 そういう感覚、お前にはわからないか?」



「・・・・・・まぁ、お前の言いたい事もちょっとは理解できるかな」



そうして、彼らはトイレから出て行った。

それからしばらく、星登は個室から出る事が出来なかった。


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