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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(二○○八年)二月五日(火)[2]

その夜。

いつも通り仕事を終えて帰路に着く星登。

その道すがら、彼の脳裏を支配していたのはミクのことだった。



昼間、高橋と山本がトイレで話していた内容を思い出す。

そのとき彼らは、アンドロイドを迷うことなく『人形』と言い捨てていた。



また、先日井上がアパートへ遊びに来たときの事を思い出す。

そのときにも彼女は星登へ忠告していた。

『アンドロイドは所詮作り物である』と。



そして最近新聞を騒がせている世論についても思考を巡らせる。

そこにはワーキングプア増大に歯止めをかけるためにも、

アンドロイドの生産を一時停止すべきだとの論調が繰り広げられている。

すなわち、彼らもアンドロイドを『物』としてしか扱っていない。



彼らの言い分は理解できる。

確かにアンドロイドは人間に開発され、製造されているものだ。

それらを『物』扱いすることは至極当然の行為である。

それは理解できる。

理解できるのに、それでも、星登の心は揺れていた。



星登の心を迷わせ、困惑の沼へずぶずぶと陥らせている事実、

それはミクへ向けられた紛う事なき恋着の想いそのものだった。

今己が抱いている淡い懸想の念そのものを、

あたかも紛い物であると断じられている気がしてならないのだ。



星登が恋慕を寄せる少女、それはミクである。

その想いに偽りなどあろう筈がない。

では何が星登の心に不穏をもたらしているかと言えば、

それはミクへの不審、もっと詳細に言うならば、ミクが持つ『ココロ』への不審であった。



星登は、ミクの爛漫とも言える朗らかな笑顔に日々の安らぎを感じ、そして惹かれていった。

花の芽が出たと言えば満面の笑みでそれを喜び、花が一片舞い落ちたと言えば悲痛な表情でそれを哀しむ。

子供たちや警備用途アンドロイドのトシヤと過ごす日々の中で、

ちょっとした変化を見つけ出してはそれを嬉々として星登に話す。

まるでそれが大変な大発見であるかのように無邪気に、

純朴に、そしてとても嬉しそうに、楽しそうに話してくれるのだ。

そんな少女の無垢な笑顔と飾らぬ振る舞いが、星登の心を癒し、安息をもたらして、

そして星登自身にも微笑みを浮かべさせてくれる清浄な種となったのだ。



だが、星登が惹かれた少女の笑顔と振る舞いが、『作り物』であったとしたら?

星登を懊悩させる根源である問いは、まさにそれだった。



それまで疑う事すらしなかったミクの『ココロ』。

しかしそれがいま、星登の中でぐらぐらと揺らいでしまっている。



自分はミクに小さくない想いを抱いている。

しかしこの想いは、本当に懐き育てるに値するものなのだろうか?

自分はもしかしたら、作り物、すなわち単なるプログラムに対して

愛慕の情を抱いているだけなのかもしれないのに?

そのとき井上の言葉が蘇ってくる。



『それってダッチワイフと何が違うって言うの?』



瞬間、かっと頭が熱くなった。



しかしそれはあのとき感じた怒りにも似た熱さではなく、いたたまれなさの中で感じる羞恥の熱さだった。



思い返せば、井上の言葉には偽りなど含まれていないように感じた。

何故ならミクの身体は人間が作り出したアンドロイドの身体そのものであり、

ミクの振る舞いは人間が作り出したプログラムに則って反応しているに過ぎないのだから。

いま自分の胸裏で仄かな温もりと共に愛育されている恋慕。

しかしその情が向けられている相手、すなわちミクの『ココロ』とは作り物に過ぎず、

自分は人が作り上げたプログラムに対して一喜一憂し、

人形に対して日々の安寧を求めていたに過ぎないのかも知れない。



自分は道化に過ぎなかったということか?

自分は人が作り出した操り人形に本気で恋をしてしまう、愚かな道化を演じていたに過ぎないのか?

そんな疑念が脳裏をよぎる。

そして一度生まれた疑心はむくむくと膨らみ、やがて星登の胸を懐疑だけが埋め尽くしてしまった。



自分は、ミクに想いを抱いたままで良いのか?

自分が抱いている想いを、肯定しても良いのか?

自分は、ミクのココロを、信じても良いのか?



答えの見えぬ禅問答のような問いかけの中で、星登はひとつだけ、

確かといえる真実が存在することに気がついた。



それは、多くの人が『アンドロイドに心など存在しない』と信じていることだ。



勿論、これはあくまで『多数派の意見』に過ぎず、真実ではありえない。

従って、星登がミクの心を信じる、信じないといった問いかけに対し、

何かしらの回答を与える根拠にはなりえない。

しかし人間社会において最も有効且つ効果的な力を持ちうるのは、

真実を語る者でも虚偽で惑わす者でもなく、

常に『多数派の意見』を操る者であることを、星登は知っていた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」二月五日[3]へ

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