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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)三月八日(土)[1]

井上が電話で指定した場所へ行くには、三〇分ほど電車で移動する必要があった。

ミクは電車に揺られながら何をするでもなく、流れていく風景をただぼんやりと眺めていた。

三月に入って間もないこの時期には珍しく、空は清浄な青に染め上げられている。

空気は去りゆく冬の空気を僅かに滲ませつつも、確かな温もりを秘めて街にたゆたっていた。

人々の首から消えたマフラー、

固さを残しつつも確かに芽吹いている桃の蕾、

窓を通して降り注ぐうららかな午後の陽差し。

窓の外に見える風景は一瞬で後方へ流されてしまうけれど、

こうした微かな春の息吹を見つける度に、寒々しく冷え切ったミクの胸を仄かに温めてくれた。



先日、突如井上から呼び出しの電話を受けた。

彼女が電話した目的も、今回の話し合いの内容についても、

そもそもどうやってミクの電話番号を知ったのかすらも未だ聞かされていない。

電話を受けたときはただ一方的に用件と待ち合わせ場所を指定されただけだった上、

その後は何の連絡も受けていないからだ。

井上の真意を探る機会はあの日以降全くなかったのである。



だからこそミクの胸には、暗澹とした不安と、僅かながらの希望とが共に抱かれていた。

前者はまたしても彼女から蔑視の痛みを与えられるのではないかという不安であり、

後者は相互理解を深め合おうという

交友のきっかけを与えられるのではないかという希望であった。

初めて井上に会ったときの印象からすれば後者が井上の目的であるとはとても思えなかったが、

親好の仲を築けるきっかけが僅かにでもあるならば、ミクはその可能性を信じたいと思った。



目的の駅に着いて電車を降りるミク。

井上との待ち合わせ場所へ行くためには、そこから更に五分ほど歩く必要があった。

事前に調べておいた地図を確認しながら歩を進めていくと、

目的地である自然公園入り口に辿り着く。

こここそ井上が指定した待ち合わせ場所なのだが、彼女の姿はまだ見あたらない。

時計を確認すると、時間まであと十分ほど余裕がある。

とりあえずミクはそこで待つ事にした。



しかし井上がやってきたのは、彼女自身が指定した時間を更に十五分ほど過ぎてからだった。



「あら、もう来てたのね。それじゃあ行きましょうか」



井上は何ら悪びれる様子もなく、一人でさっさと自然公園へ足を踏み入れていく。

遅れた理由を告げる事も、遅刻に対する謝罪もなく、

ミクが待ちぼうけを食らうのはさも当然のことと言わんばかりのその態度。

ミクは彼女の横柄さに困惑を覚えるが、とにかく彼女の後をついて行く事にした。



自然公園に設けられた遊歩道を歩く二人。

木々の枝は未だ葉を茂らせる事なく、乾いた落ち葉が遊歩道の隅に積もっているだけだ。

時折吹く風でかさりと落ち葉が舞う中、静寂に包まれた遊歩道を二人は黙って歩いていく。

井上とミクは身長差があるため、

ミクは時折小走り気味に井上を追いかけなくてはならなかったが、

先を行く井上はミクを気遣うことなく、足早にスタスタと歩いている。



目的も知らされず、ただ無言で歩き続けるプレッシャーにミクは耐えられなくなり、

何か当たり障りのない話題を振ろうと考えた。



「あの、井上さん、今日は晴れて良かったですよね。

 凄く良い天気で、心なしか最近は少し温かくなってきた気がします」



「そう? 別にどっちでも良いんじゃない?」



井上の返答はあくまで冷たい。



「で、でも、雨だったらこうして二人で歩くのも大変だったと思いますよ?」



「あら、アンタ雨でも来るつもりだったの? 私は来るつもりなかったんだけど」



ぐ、と息を詰まらせるミク。

確かに雨天決行とは聞いていなかったが、

雨ならば話し合いは中止ということも聞いていない。

雨だった場合、自分はあの場所で一人待ちぼうけすることになっていたのかと思うと、

戸惑いと怯えが交互にミクの背筋を走った。



しかしミクはそれでめげることなく、別の話題を振ってみた。



「そ、それにしても、ここって素敵な公園ですよね。

 井上さんはよくここにいらっしゃるんですか?」



「いえ、初めてよ。そもそもあの駅で降りたのも初めてだし」



「そうなんですか? 待ち合わせの場所にご指定なさったので、

 てっきり慣れた場所なのかと・・・」



「だって行き慣れた場所だと知り合いに見られるかもしれないでしょ?

 ロボットと二人で話してるところなんて、絶対に誰にも見られたくないわ」



吐き捨てるように言ってのける井上。



(ああ、やっぱり・・・)



諦観と失意が氷柱となって、ミクの胸を冷たく貫いた。

それは僅かに抱いていた希望が完膚無きまでに潰えた瞬間だった。

もしかしたら友好のきっかけを作れるかも知れない、

そう淡い期待を胸に抱きながらやってきた一刻前の自分が冷酷に裏切られた瞬間である。

未だ井上の目的は見えてこないが、少なくとも親交を目的としていないことが明らかとなった今、

ミクの胸裏を満たすのは漠然とした不安だけだ。



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