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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)三月八日(土)[6]

井上の姿が見えなくなり、ミクはようやく体中の緊張を解いた。

フゥと息を吐くと一陣の風がミクの全身を優しく撫ぜて、強ばった体をふわりとほぐしてくれた。

早春の風はまだまだ冷たかったが、却ってその冷たさこそが今のミクには心地よい。

そうやって全身から力を抜くと、

広場で遊んでいた家族や子犬と遊んでいた子供たちの姿が見あたらないことに気がついた。

どうやら自分たちは相当長い時間話し込んでいたらしい。



ベンチに腰掛けたまま、ミクは物思いに耽る。



星登へ寄せる想いの事。

その想いが叶わぬ現実を真正面から突きつけられた事。

結婚、子供、将来。

それら夢物語では片付けられぬ冷たい現実。

ミクは己の恋着が叶わぬ事など、とうに覚悟していた。

だからこそ星登とはずっと一緒に、家族のようにこのまま暮らしたいと思っていた。

例え星登に恋人と呼べる女性が現れたとしても、

一緒にご飯を食べて、一緒にテレビを見て、

何気ない日常の変化に二人で笑い、楽しみ、喜び、心弾ませる。

そんな何でもない日常の連続を、ずっとずっと繰り返していきたいと願っていた。

何故ならそれこそが、星登の願いを叶え、彼自身にも幸福を与えられる方法だと思えたから。



星登はかつて願った。

自分は家族に憧れると。

子供に囲まれた温かい家庭に憧れると、確かに彼は言った。

故にミクは自らが家族のような存在となって、

彼の心を支える一本の支柱になる事を望んだのだ。

ミクは彼の『最も大切な存在』にはなれないが、

せめて『家族のようなかけがえのない存在』になって、彼の傍で喜びを共有できればと考えた。



しかし井上は冷たく指摘した。

ミクは結婚も子供も将来も、どんな幸せも星登と共有する事は出来ないと告げた。

これら現実を正面から直視すれば、星登への恋情を諦め、彼と過ごすささやかな幸福も諦め、

ただマスターとアンドロイドという主従関係に冷たく徹することこそが肝要なのではないかと、

そう感じられた。



だがミクの想いは、ミクの胸は、星登への想いが断ち切られる事を想像するだけで、

寒波に晒されたかのような痛みを伴ってざわめくのだ。

目をつぶるだけで、瞼の裏に浮かんでくる星登の微笑み。

この笑みがもう自分に向けられないと想見するだけで、耐えられぬほどの熱さが瞳を焼くのだ。



諦められない。

諦めきれない。

諦められるはずがない。



星登の事が好き。

大好き。

だけどこの想いが実る事は決してない。

それに、彼が私に優しくしてくれればくれるほど、私へ向けられる差別が彼にも及んでしまう。

あの張り裂けるような差別の辛苦を、彼にまで味わわせるわけにはいかない。

それならば、私の方から冷めた主従関係に徹した方が良いのではないのか。



ぎゅっと目を閉じて、膝を抱き、

胸で渦巻く迷いに何とか決着をつけようと歯を食いしばるミク。

しかしいくら己の内を見つめようとも、

暗澹とした不安と焼け付くような焦慮を消し去る事は出来なかった。



初音ミクSS「君の心は、そこにある」三月六日[7]へ

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