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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)三月八日(土)[8]


そう、星登が自宅へ帰る理由は『諦め』だ。

他にすることがなく、どうにも時間を潰す事ができなくなって、『仕方ない』から帰る。

星登にとって自宅とはもはや安らぎと安住の場所ではなく、

いつしか心の重石になりさがっていた。



すなわち、ミクの『ココロ』。

それこそが星登の胸裏をかき乱す根源であり全てだった。

彼女の仕草、彼女の純朴さ、彼女の笑顔。

疑念を抱かなかった頃には温もりすら感じられた彼女の振る舞いが、

今となっては全てが重荷となってしまっている。



ミクの嬉々とした仕草に安らぎを抱く度、途方もない後ろめたさを感じる。

ミクの飾らぬ純朴さに愛しさを実感する度、紛れもないやましさを感じる。

ミクの素直な笑顔に安息を抱く度、彼女のココロを信じ切れぬ自分に対して、

たまらぬ罪悪感を抱いてしまう。



星登の胸裏でたゆたう恋着と、ミクの『ココロ』に対する不信。



星登はそれら相反する二つの想念に挟まれながら、覚悟を決めることも出来ず、

決断を下す事も出来ず、曖昧な態度を保つ事しか出来なかった。



詮無い問答をぐるぐると夢想しているうち、とうとうアパートへ帰り着いてしまった。

自室から漏れ出る光を見て、ミクがもう帰宅していることを知る。

星登は思わず大きなためいきをついてしまい、

単に帰宅する事がそれほど負担になっているのかと自嘲の笑いを漏らした。



星登はアパートの階段を登り、いつも通り扉を開けて、告げた。



「ただいま」







ミクがアパートに帰り着いたのは、結局夕方の四時頃になってからだ。



井上と公園で別れてからミクは様々な懊悩を繰り返したものの、

遂にどのような結論を出すこともできずにいた。

問題を先送りにした状態で帰宅したミクではあったが、だからこそミクは星登との生活と、

彼の微笑みで与えられる日々の喜びが紛れもない真実である事を受け止め、

その喜びを純粋な幸福として受け入れ、守り、共有していこうと考えた。

何の解決にもなっていない、

ある意味では現実から目を逸らしているだけであることを認めてはいるものの、

しかし今の自分では己の想いに整理をつけることができないことも認め、

彼と分かち合える幸福の形を模索していこうと思った。



ミクにとっては星登が全てだ。

星登さえ居てくれれば、ミクはそれで充分に幸せだった。

星登が共に居てくれさえすれば、ミクは辛辣な差別にも耐える事が出来た。



ミクは密やかな想いを胸に湛えながら、夕食の支度を始めた。

ここ最近は星登の仕事が忙しく、彼と食事を共にすることすら出来なかったが、

今日こそは彼と穏やかな時間を過ごせると期待しながら。



今夜のメニューはもう決めていた。

いつか星登が美味しいと言ってくれたビーフシチュー。

作るのに少し手間がかかるけど、星登の喜んでくれる笑顔を思い浮かべれば、

かかる手間など惜しいとも思わない。



自分の想いと、自分と相容れぬ井上の想い。

星登が抱えてるであろう悩みに、これから考えなければいけない事。



解決せねばならない問題は山積している。

考えなければならない時間は限られている。



だけど今夜だけはそれらを棚上げして、辛い事も考えるべき事も見ないふりをして、

とにかく星登と共に笑い、星登と共に居られる幸福を心ゆくまで味わいたい。

そう、願った。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」三月六日[9]へ

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