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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)三月八日(土)[9]

夕食の準備が整ったところで、誰かがアパートの階段を登ってくる足音を聞いた。

その独特のリズムから、足音の主が星登であると予想する。

いつも彼の帰りを心待ちにしているミクは、

いつしか星登の足音を覚えてしまったのだ。



「ただいま」



程なくして、聞き慣れた愛しい人の声が聞こえてきた。



ほら、やっぱり。



ミクは喜びを体中から滲ませ、弾けるような笑顔を浮かべながら、

待ち人の帰宅を迎えた。



「おかえりなさい、星登さん!」







「おかえりなさい、星登さん!」



扉を開けると、満面の笑顔でミクが迎え出てきた。

その笑顔が、またしても星登の心をチクリと刺し苛む。



どうして君は、僕をそんな表情で迎えるんだ。



喜びの享受をまるで疑わない、無謀なほどの信頼を抱いているであろうその表情。

今の星登にとってはその信頼こそが何よりも辛い。

揺らぎ続ける己の心根に、後ろめたさが重くのしかかってくるからだ。



君のその笑顔は作られたものではないのか?

君のその信頼はどこから生まれているんだ?

僕は君の信頼をどう受け止めれば良い?

答えなど用意されていない疑問が限りなく生み出され、

それらが星登の胸中を間断なくかき乱す。



「星登さん、今ちょうど夕飯の支度が終わったところなんですよ。

 さあ、一緒に食べましょう!」



言われて星登は初めて気がついた。

部屋に満たされた温もりある夕食の香り。

それは間違いなく星登のために用意されたものであり、

その気遣いと柔らかな配慮とが、

星登の凝り固まった疑念を優しく解きほぐそうとしている。



しかし、それもすぐに後ろめたさへと変貌した。



何故なら星登は既に外で夕飯を食べてしまっていたから。

いつもならば遅く帰宅するときには必ず連絡を入れていたが、

今日はたまたまミクへの連絡を忘れてしまった。

せっかく用意してくれた夕飯が無駄になることを申し訳なく思いつつ、

星登は正直にミクへ告げた。



「ごめんミク、実はもう夕飯は食べてきてしまったんだ。駅前の牛丼屋でさ」



途端、ミクの表情がさっと翳る。

それは明らかに彼女の期待が損なわれた瞬間であり、誠意が裏切られた瞬間であった。



そしてそれらは星登が抱く自責の念をより重くのしかからせて、

終わりのない問答を繰り返させていく。



どうして、君はそんなに傷ついた表情を浮かべられるんだ?

疑念は荒ぶる急流のごとき激しさで、星登の心裏を徹底的に壊乱せしめた。

そしていつしか、渦巻く疑念は星登の心にある決定的な疑問を抱かせるに至ったのである。



……君には本当に、心があるのか?









「ごめんミク、実はもう夕飯は食べてきてしまったんだ」



そのときのミクの胸裏は、まさに落胆という陰鬱の色一色に染め上げられていた。



昼間は井上に冷たい現実を突きつけられ、己の想いを全否定され、

不安と懊悩の谷底にたたき落とされたミク。

意気消沈したままようやく夕方に帰宅したミクは、

暗澹とした今日という一日の締めくくりだけは、

仄かな幸せに包まれたままで終わらせたいと願った。

せめて今夜だけは、例え軽薄で思慮が浅いと言われようとも、

ひとときの楽を星登と供与したいと願ったのだ。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」三月六日[10]へ

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