スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)三月八日(土)[13]

ミクはじっと閉じられた扉を見つめる。

そうするうち、やがて涙が一筋頬を伝った。

慌ててそれを袖で拭おうとするが、拭っても拭っても涙は後から溢れ出てくる。



情けなくて、恥ずかしくて、無様だった。

何とか落涙を止めようと必死になるものの、次第に涙は嗚咽の声も呼び起こしてきて、

しゃくり上げる喉を止める事も出来ず、

遂にミクはみっともなく声を上げて泣き始めてしまった。



「うわぁぁ……ああぁぁ……」



一度泣き始めてしまうと、もう後は止まらなかった。

声を抑えるという発想すら浮かばなかった。

ミクは己の両肩を強く抱いて、胸中で荒れ狂う獣をそのまま暴れさせるように、ただ泣き続けた。

次第にミクは胸の痛みに耐えられなくなって、その場にひざまずく。



そのとき、カランと軽い音を立てて何かが落ちた。



それは二輪のマーガレットがあしらわれた、あの髪飾りだった。

星登がクリスマスプレゼントとしてミクに贈ってくれた、大切な髪飾り。

常に身につけ続けてきたその髪飾りが、

ひざまずいた拍子にミクの髪から外れ落ちてしまったのだ。



ミクはそれを両手で包み込むように拾い上げる。

優しく、丁寧に。



それだけで、ミクの胸には和やかで柔らかいクリスマスの思い出が、

まるで泉のような静けさで蘇ってくる。

星登の微笑みも、星登との生活で得られる安らぎも、

何に対しても疑問を抱かずに済んだあの頃の思い出が。

ミクが仄かに抱く微かな願いですら敏感に感じ取って、

すっと自然な振る舞いで掬い取ってくれる、

星登の健やかな優しさを素直に受け入れられたあの頃。

そんな星登が望んでいる事も、些細な所作や息づかいなどから、

ミクもある程度推察することができていたあの頃。

星登がそこに居てくれる事そのものが、たまらなく愛しく感じられた。

彼と一緒に居るだけで、周りの物何もかもが切なく美しく思えた。

あの頃こそがミクにとってまさしく幸福の絶頂であった。



だからこそ、余りにも惨めな今の状況を前にして、

止めどない悔しさと寂しさを抱かずにいられない。



髪飾りを指で撫ぜると、あの頃の楽しかった思い出が次々と蘇ってくる。

その一方で、閉じられた扉を前に、冷たい現実に打ちのめされる。

そうして甘く優しい記憶と刺々しい現実の間を行ったり来たりしているうち、

まるで潜水病を患ったかのような息苦しさを感じて、ミクはぎゅっと目を固く閉じ、

その場に膝を抱えてうずくまった。

星登が閉ざした扉の目の前で。



ミクは待ち続けた。

星登が帰ってくるのを待ち続けた。

扉の隙間から寒気が入ってくるのにもかかわらず、ただそこでうずくまっていた。



星登が帰ってきたら、まず謝ろう。



生意気な事を言ってごめんなさい。

出過ぎた事を言ってごめんなさい。

だから、お願いだから、私の事を嫌いにならないで。



そんな三文ドラマのような台詞ばかりが浮かんできて、

しかしそれ以外にミクは適切な言葉が思いつかず、

取り留めもない思慮ばかりが無意味に霧消していく。



そうして痛々しい不安を抱きながら、じっと星登の帰りを待っていたミク。

しかし、結局その晩、星登が帰ってくる事はなかった。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」六月二十五日[1]へ

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

缶

Author:缶
SS書いたり読書感想文書いたり仕事のあれこれを勝手気ままにダダ漏れさせる予定のようなそうでないような。

缶のTwitterアカウント

缶のpixivアカウント

オススメ!

最新記事
リンク
ブログ内検索
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。