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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)六月二十五日(水)[1]


星登がミクへ己の感情をぶつけたあの日を境にして、

ミクと星登の関係にある決定的な変化がもたらされていた。



星登はこれまで以上にミクを避けるようになった。

そもそも、星登が自宅に滞在する時間が明らかに減った。

平日の夜などは以前から食事時に帰ってこられないことは度々あったが、

今ではほぼ毎日帰宅が日付をまたぐようになっていた。

しかもその理由が、仕事の忙しさや同僚との食事などではなく、

あの井上と逢瀬を重ねているために帰宅が遅くなっているのだ。



今夜は井上と会うから夕食はいらない。



そんな単調で無味乾燥なメールが、ミクのモバイルフォンへ毎日のように送信されてくる。

それを読む度にミクの胸中は複雑な想いで締め付けられ、

やり場のない妬みを滾らせながら無理矢理に抑え込むのだ。



井上に、星登を渡したくない。

星登の笑顔を一人占めしたい。

星登ともっと話して、一緒に笑い合いたい。



その想いは今でも変わらない。

しかしその想いが強ければ強いほど、

星登に嫌われたくないという欲求までもがむくりと首をもたげてきて、

星登にどんな言葉をかけることもできなくなってしまうのだ。



星登の意に背くようなことを言えば、また怒鳴られてしまうかも知れない。

そうすれば今度こそ、本当に嫌われてしまうかも知れない。



怒鳴られた事については、後日星登の方から謝罪してくれていた。

しかし星登を激昂させてしまったという事実はミクの胸奥に根強く残り、

もう一度彼を憤らせてしまうことへの懸念がミクを弱気にさせて、

結局井上と星登が逢い引きしている現実を黙って見ている事しか出来なかった。



そういった具合にミクと星登の間によそよそしい遠慮がたゆたっていることについて、

コトミに話してみた事もあったが、コトミからはミクを羨ましいと言われてしまった。



確かに今は星登との関係に冷えたものが挟まっているかもしれない。

しかし星登がミクを大切にしていることは、ミクの話を聞いていてもよくわかる。

もし星登が生涯の伴侶として井上を選んだとしても、きっと星登は家族としてミクを迎えるだろう。

しかしコトミとトシヤの関係は違う。

コトミとトシヤは同じ出張所を拠点として働くアンドロイドではあったが、

顧客とはリース契約しているに過ぎず、満期が来れば二人は離ればなれになってしまう。

しかもリースが切れた後はデータを初期化され、今の記憶は何もかも無くしてしまう。

トシヤとの思い出も、トシヤへの想いも全て。

だから星登に見放されない限りずっと彼の傍にいられるミクが、とても羨ましい。



コトミからはそう諭された。

確かに、リース契約という鎖に縛られたコトミとトシヤよりも、

個体として星登に購入されたミクの方が恵まれているのかもしれない。

しかしそれだけで納得できるほど、ミクの想いは単純ではなかった。

複雑でどこかやりきれない想いを抱えたまま、いつの間にか数ヶ月が過ぎていた。



そして季節は雨景色に煙る初夏へと移ろっていく。









しとしとと小粒の雨が街に降り注いでいる。

空は灰色の雲で敷き詰められ、昨夜から降り続いている雨のせいで空気までもがくすんだ色を滲ませている。

そんな曖昧な景色の中、アジサイの花が見事な色彩を身に宿らせて、それを遠くから見ると、

まるで灰色のキャンバスに一点だけ極彩色の絵の具を垂らしたような、そんな錯覚すら覚えてしまう。



さぁ、とアスファルトや家屋を緩やかに叩く雨音を聞きながら、

ミクは近所のスーパーへ夕食の買い物に向かっていた。

星登は帰りが遅くなる日には、大抵昼過ぎまでにミクへ連絡を入れるようにしている。

今日は夕方近いこの時刻になってもまだ何の連絡も来ていないため、

夕食が必要になるのだろうと当たりをつけたのだ。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」六月二十五日[2]へ

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