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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)六月二十五日(水)[6]


「子供を産めないっていうのはさ、それはそれはとても悲しいことだよ。

 だけどね、そんな理由で自分の幸せを諦めちゃうのは、もっと悲しいことだと思うよ。

 世の中には子供を産めない障害を背負う人が沢山いるけど、

 その人たちだってみんな恋をして、幸せになろうとしているんだもの。

 子供を産むことは必ずしも、恋を実らせ幸せになることと直結していない、私はそう思うね」



「……私……、私は……」

ミクはそこまで言ってから一呼吸置いて、言葉を選ぶようにおそるおそる口にする。

「……私の想いが、星登さんに受け入れられない事が一番怖いんです。

 私の想いを否定されることが一番恐ろしいんです。

 あの優しい眼差しを向けられない事も、柔らかく微笑んでくれなくなる事も、

 想像するだけで身が竦んでしまって、何も手につかなくなってしまうんです……。

 ……私は、私の想いは、星登さんに受け入れられるでしょうか……?」



「大丈夫だよ、緒方さんはミクちゃんを否定なんてしないよ。

 私は何年も前から緒方さんを見てるけど、

 あの人があんなに元気になれたのはミクちゃんがいてくれたからさ。

 ミクちゃんが来てくれてから、緒方さんは目に見えて元気になっていったんだよ」



文代はミクを安心させるように、穏やかな微笑みを湛えながら告げる。



「今の緒方さんがあるのはさ、本当にミクちゃんのお陰なんだよ。

 いつだったかあの人自身がそう言ってたもの。

 ミクちゃんが傍にいてくれるお陰で、自分はこうして笑う事が出来るようになったって」



文代は過去を思い出すように、視線を空へ泳がせた。



「……ミクちゃんは知らないだろうけど、あなたが来る前の緒方さんはね、

 それはもう見てられないくらい憔悴しちゃってたのよ。

 毎日毎日疲れたような顔をして、愛想笑いしか浮かべる事が出来なくて、

 ずっとそうやって寂しそうに、辛そうに生活していたものさ。

 ……私も見てられなくて、夕飯のおかずとか持って行ってあげたこともあるんだけどね、

 まぁそれも大して役には立たなかったんだけど……」



そこまで言うと文代は差していた傘を畳んでしまった。



「ご覧よミクちゃん、雨、もうやんだみたいだよ」



促されてミクも傘を畳む。

街に微かな湿り気だけを残して、確かに雨はやんでいた。

空を覆っていた灰色の雲は所々に青い空を覗かせていて、

昨日から続く曇天がようやく終わろうとしている事を示していた。



「だから私はね、緒方さんがミクちゃんの想いを否定するなんて想像できないんだよ。

 あの人ほどミクちゃんに癒され、助けられた人はいないんだから。

 そしてそれは誰よりも、あの人自身が一番強く実感してるはず。

 だからさ、そんなに弱気にならないで、

 『あなたには私しかいないのよ』ってなくらいに強気にアプローチしても、大丈夫だと思うよ」



そして二人は交差点にさしかかる。

この道を右に曲がればアパートで、まっすぐ進むと文代の家だ。



「それじゃあねミクちゃん、元気を出すんだよ。そして出来れば、朗報も聞きたいものだね」



悪戯っぽくそう笑って歩み去ろうとする文代を、ミクは呼び止めた。



「あ、あの!」



「おや、どうしたんだい?」



「先ほど仰ってたことなんですけど……、私が来る前、星登さんに何があったんですか?」



ミクは己が抱いた興味が、果たしてアンドロイドとして分相応であるものかどうか自信がなかった。

これはマスターである星登のプライベートをみだりにかき乱す、一種の侵犯行為なのではないか。

そういった懸念が胸裏を渦巻くものの、それでもミクは自身の言動を止められなかった。



「大家さんが仰る通り、確かに星登さんは、凄く寂しそうになさるときがあるんです。

 普段はまっすぐで、優しくて、健やかな強さを持ってる星登さんが、

 時折とても心細そうな表情をみせることがあって……、

 だから私は、そんな星登さんの抱く寂しさも全て癒せたらって、いつも思っているんですけど、

 それでも……私の力が及ばなくて、

 未だに星登さんから憂いの表情を拭い去る事が出来ずにいるんです……」



ミクの純朴で、そしてひたむきな星登への想いが、雨上がりの住宅街にひっそりと溶け込んでいく。



「だから私、知りたいんです。星登さんの過去に、何があったのか。

 部屋にいるときも、買い物に行くときも、時と場所に関係なく、

 ふとしたときに見せるあの堪らなく辛そうな表情……、

 アンドロイドの私では分不相応かもしれませんけど、

 私はどうしても、星登さんの傷を癒してあげたいんです」



ミクの言葉に若干の逡巡を見せる文代。

やがて文代はある質問を投げかけた。



「……緒方さんは、自分の過去や家族のことについて、何も話していないのかい?」



ミクは頷く。



そしてまたしばらく迷う素振りを見せる文代だが、

やがて何かを思いきったような表情で、ミクに言葉を返す。



「本当ならこういうことは緒方さんが自分から話すべきなんだろうけど……、

 でも、他ならぬミクちゃんが相手だしね。

 きっとあなたなら、緒方さんにとって悪い事なんてありはしないだろうさ」



そう言ってひとしきり笑う。



「ただこんなところで話す内容ではないしね。買い物の荷物を家に置いたらうちに来なさいな。

 そこでゆっくりとお話してあげるから」




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