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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)六月二十五日(水)[8]


そして文代はまたお茶を一口飲んで、話を続けた。



「そんな生活を送りながらもね、緒方さんはコツコツとお金を貯めてたんだ。

 高校を卒業して自分が就職したら、妹と二人でこの家から出て行く、そこで新しい生活を始めるんだ。

 ……そう決意して、必死で働いて、お金を貯めて、就職活動もして……。

 そんなときだったよ、私と初めて会ったのは」



文代の視線は手元のお茶に縫い止められたままだった。

ミクもお茶を一口すする。

お茶は既にぬるくなっていて、苦みが口中を覆った。



「そのとき緒方さんは兄妹で住めるアパートを探してたんだけどね、

 借りられる物件がなかったそうなんだよ。

 まぁ確かにそうだろうね。

 高校卒業予定とはいえ未成年の上に保証人はいないし、

 アルバイトで貯めたお金だって引っ越しや家具用品、

 それにしばらくの生活費を考えれば、敷金や礼金で支払えるお金も限られてくるし。

 そうして困り果てたときに、不動産屋さんが紹介してくれたのが、私のところだったのさ」



そして文代はまたお茶を飲もうとして、既にお茶が尽きていることに気づいた。

急須にポットのお湯をつぎ足し、少し蒸してから自分の茶碗にお茶を注ぐ。



「ミクちゃんもお茶を飲むかい?」



「いえ、結構です」



ミクは辞退する。

文代は急須を脇に置いて、話を続けた。



「それで、ええと、どこまで話したんだっけ? ……ああ、そうそう。緒方さんが私の所に来た話だったね。

 ……まぁ今だから白状するとさ、本当は私だって、そんな人に入居してほしくなかったわよ。

 このアパートだって慈善活動で経営してるわけじゃないし、

 敷金や礼金をもらえないとなったら、ちょっと考えちゃうからねぇ。

 だから不動産屋さんから訳ありの入居希望者がいるって連絡を受けたときは、

 正直乗り気じゃなかったんだけども、……実際に会ってみたらさ、考えが変わっちゃったのよ」



文代はそのときのことを思い出すように、表情を微かに緩めながら言葉を紡いだ。



「そのときの緒方さんの様子は、何て言うんだろうねぇ……。

 何か必死になってたって言うのかしらね。

 ……あんなに若いのに寝不足のせいなのか頬もこけちゃって、

 すがるような目つきで、私に食い下がってくるのさ。

 どうかここに住まわせてくれませんかってね。

 格好は決して小綺麗とは言えなかったし、不動産屋さんからは訳ありだって聞いてたから、

 私はとりあえず事情だけ聞く事にしたんだ。

 どうして引っ越したいと思うのか、保証人がいないのは何故か、そういった諸々の事をね。

 ……まぁ家庭の事情なんて好んで話すようなもんじゃないからさ、

 最初のうちは言いづらそうにしてたんだけど、少しずつぽつりぽつりと話してくれてね。

 その内容は、私がさっき言ったような叔母夫婦のことや虐待のことなんだけどさ。

 それを聞いてしまったら、私だって鬼じゃないもの、二人で住めば良いって言ったわよ。

 どうせお金もないだろうから、敷金も礼金もいらないよって。

 そうしたらさ、緒方さん何て言ったと思う?

 敷金と礼金は必ず払います、ただし三ヶ月だけ待ってください、その間に必ず払いますからって。

 こっちはいらないって言ってるのに、自分から払うなんて言い出すんだよ。

 まったく、あの年でどうしてあんなに生真面目なのかねぇ」



そう言って文代はクスクスと笑う。

つられてミクも笑った。

確かに星登であれば、それくらいのことは言いそうだと思えたからだ。



「そして緒方さんは兄妹でうちのアパートに住み始めたのさ。

 それが今から……もう五年前のことになるのかねぇ。

 若い兄妹がたった二人っきりで生きていくのは、そりゃあ大変な苦労があったと思うけど、

 それでもあの叔母夫婦のところに比べればさ、きっと天国のような自由な生き方ができたんだろうね。

 痩せっぽちだった二人はみるみる元気になっていって、

 端から見ていたって、とても楽しそうに見えたもんさ。

 緒方さんはあの通り誠実な青年だし、妹の早輝ちゃんも素直でとっても良い子だったしね」



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