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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)六月二十五日(水)[10]


「結局早輝ちゃんは手術が終わってからも退院できなくて、半年くらい入院してたのかねぇ……。

 その間、緒方さんはみるみる元気を無くしていってさ、

 顔色が悪くなって、頬もこけて、寝不足のせいか目も血走ってきてね……、

 見てて本当に痛々しかったよ」



文代の表情が悲痛に歪む。



「そのときの私はさ、自分にも何か助けられる事がないかと思って、

 夕飯のおかずとかを緒方さんに持っていってあげたりもしたんだよ。

 きっとろくなものを食べてないと思ったからね。

 それでおかずを渡した次の日とかに『ご飯はちゃんと食べたのか』って聞いてみれば、

 『美味しかったです、ありがとうございます』『お陰で人並みの食事ができました』

 なんて言ってくれるじゃないの。

 だから私もしっかり食べさせてあげないとと思って、はりきって毎日作ってたんだけどさ……、

 実際には、もう食欲なんてなかったんだろうねぇ、ある日緒方さんが出したゴミ袋にさ、

 私のおかずが捨てられてるのが偶然見えちゃってね……。

 いつもならうまく新聞紙とかに包んで捨ててたんだろうけど、

 そのときは油断してたのか、それとも疲れてて気が回らなかったのか、

 私が作ったおかずが手つかずのままで捨てられてるのが見えてさ。

 ……まぁ、ショックだったよねぇ、あれは。

 私にはもう、あの兄妹にしてあげられることは何も無いのかって、そう思えたからさ」



そこまで言うと、文代はゆっくりとお茶を口に含んだ。

つられてミクもお茶を飲む。

すっかり冷えてしまったお茶が胸の奥へ沈んでいく。



「そんなある日、私が花の世話をしてるときにさ、ふらりと緒方さんが庭に降りてきてね。

 ほら、緒方さんって今でもなかなか庭に降りてきたりしないじゃないか?

 だから珍しいこともあるもんだなって思ってたらさ、物凄く辛そうな表情で、こう言ったんだよ。

 『もう疲れた、早輝の病室へ行くのが辛い、もう行きたくない』てね。

 ……正直、結構驚いたわよ、あの緒方さんがあんな事を言うなんて思ってなかったからさ」



それはミクにとっても同様だった。

あの星登が他ならぬ妹に対して、そのような弱音を吐く事など想像できなかった。

たおやかな面持ちの中に強靱な心根を潜ませている、

それこそ星登が常として見せている姿であったからだ。



だからこそ、と言えるだろう。

そんな星登がみせた弱音の裏では、

妹への愛情を凌駕するほどの疲労感、先の見えぬ入院生活、重くのしかかる医療費用、

それらが闇より深い絶望感となって、彼の心を蝕んでいたに違いない。



「そんな風に弱音を吐く緒方さんにさ、私は事もあろうにこう言ってしまったんだよ。

 『早輝ちゃんはあんたの妹だろ、たった二人きりの兄妹じゃないか、

  最後の最後まで、早輝ちゃんの傍にあんたがいてやらなくてどうするんだ』とね。

 ……でも今思えば、私はなんて軽率なことを言ってしまったんだろうって思うよ。

 だって、そんなことは誰よりも彼自身が自覚していることなんだもの。

 私のあのときの言葉は助言でも激励でもなくて、

 ただ緒方さんを追い詰めてしまっていただけなのにね……」



文代は表情に強い後悔を滲ませて、話を続ける。



「それからしばらくして、早輝ちゃんは亡くなってしまってね……。

 それからというもの、緒方さんの嘆きようと言ったらなかったわよ。

 日に日にやつれて、目も落ち窪んで……。

 私も本当に心配だったんだけど、それでもこういうのは本人が時間をかけて、

 ゆっくりと受け入れていくしかないことだからさ、

 変な気を起こさないようにだけ気をつけていたんだけど……、

 そんな状態が一年くらい続いた頃だよ、ミクちゃんが来たのは」



「私が、ですか?」



そこで突然自分の名前が出てきた事に驚いた。



「もうそれは驚いたわよ、ミクちゃんと初めて会ったときには。

 だって本当に早輝ちゃんにそっくりなんだもの。声も、顔も、何もかもが。

 だからさ、最初のうちは私も凄く不安だったのよ、緒方さんはミクちゃんに対して、

 早輝ちゃんの面影を重ねているだけなんじゃないかって。

 早輝ちゃんはもう帰ってこない、これは紛れもない現実なのに、

 緒方さんはそれをまだ整理できていないんじゃないかってね。

 ……だけどさ、そんな私の心配云々なんて、杞憂に過ぎなかったんだって思い知らされたよ。

 だって、ミクちゃんと一緒にいるときの緒方さんは、本当に自然に笑っているんだもの。

 一年以上も力ない愛想笑いしか浮かべられなかった彼が、

 ミクちゃんと数ヶ月一緒に暮らしただけで、あれほど元気に快復して……。

 故人の悼みを癒すことができるのは時間だけだって、そう思っていたけどさ、

 あなたたち二人を見ていると、時間だけでは癒す事ができない、

 人との絆や温もりがなければ癒せない傷もあるんだなって、この年にして初めてそう思えたわよ……」



文代は深々とため息をつく。

己の言葉をじっくりと噛みしめるように。

そしてその言葉はミクの胸にも深く染み入ってきて、温かい充足感めいたものが生まれていた。



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