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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)六月二十五日(水)[11]


「……私は、」

ミクがためらいがちに尋ねる。

「私は星登さんの心を、少しでも癒す事ができているのでしょうか?」



それはミクが胸奥で密やかに抱いていた、最も強い願望のひとつであった。

ミクが起動されたあの日以来、ずっと胸の中で温め続けてきた、この想い。



自分の存在が彼を支える一本の糸になれれば。



彼の寂しさを埋められたら。



そんな、星登の痛みを癒し、彼の幸せへ繋げたいと願う、この想い。

それがもし叶えられたならば、これほどの喜びはなかった。



ミクの弱々しい質問に対する文代の答えは、しかし堂々としたものであった。



「もちろんだよミクちゃん、今の緒方さんがいるのは、紛れもなくミクちゃんのお陰さね。

 彼を近くで見てきた人なら、誰でもそう答えるに違いないよ」



「私は……、あの人の心を、少しでも支えられているのでしょうか?」



「ミクちゃんの支えなしでは、緒方さんは一人で立っていられないさ」



「私は、私は……」



ミクは感極まって、言葉を詰まらせた。

自分の存在が確かなものとして、愛しい人へ受け入れられているということが、

しとやかな安堵となってミクの胸を優しく満たしたのだ。

星登に怒鳴られてしまったあの日からずっと、ミクの胸裏で燻り続けてきたとりとめのない不安。

その不安が拭われ、そして自分こそ星登にとってかけがえのない存在になれるかもしれない、

そんな希望にも似た想いを胸に懐きながら、ミクは次に紡ぐべき言葉が見つからなくて、

ただじっとその感動を噛みしめていた。



「ああ、そうそう。実はミクちゃんにぜひ見て貰いたいものがあるのよ」



そう言って席を立つ文代。

しばらくしてから、文代はある花の鉢を持って戻ってきた。



「ほらこれ、見てごらんよ。可愛いだろう?」



鉢に植えられた花は、みつばのような、

しかしとても小さく愛らしい花をいくつもいくつもふんだんに咲かせている。

白い花びらが茎や土を隠してしまうくらいに、力強く密集しながら。

それはまるで、白い蝶々がたくさん集まってきて、鉢を守るために覆い包んでいるようですらあった。



「これ、素敵なお花ですね。何て言うお花なんですか?」



「これはロベリアっていうお花なんだ。そしてね、」

文代は穏やかな微笑みを湛えながら、ゆっくりと告げる。

「これが、ミクちゃんが自分で植えて、自分で育てた花なのさ」



「これが、ですか?」



驚きに目を見張らせる。

そうしてミクは改めて花を見つめた。

そこには瑞々しい色彩を帯びながら、

小さくか弱い、しかし確かな誇りを身に宿らせて根を下ろす、紛れもない『生命』があった。



「ミクちゃん、あなたはさっき、自分には子供を産めない、

 家族になる資格がないって、そう言ってたけどさ。

 でもご覧よ。こうしてあなたは、可愛い花を立派に育ててみせたじゃないか。

 このお花の種を植えたのも、土の世話をしたのも、全部あなたの力。

 あなたがいなければ、この子はこんなに可愛らしい花を咲かせる事は出来なかったよ」



ミクは花にそっと手を触れた。

柔らかさと、確かな力強さとが指先から伝わってくる。



「このお花を育てたのも、緒方さんの心を癒したのも、全部あなたの力なんだよ。

 命を育ててみせたし、一人の男性を救ってみせた。

 だからさミクちゃん、自分がアンドロイドだからってそんなに悲観しないで、

 あなたはあなたの未来に対して、もっと希望をもって良いと思うんだ」



「私の、未来……」



そっと口許で反芻する。



「そうだよ、ミクちゃんの未来はミクちゃんのものなんだ。

 だからさ、自分の想いに正直になって、今夜、二人で真正面から話し合ってみてごらんよ。

 腹を割って話し合って、そして気まずくなったら、また私の家に逃げ込んでくればいいさね」



そう言ってにこりと笑う文代。



「緒方さんを信じなよ。そのいつも大切に身につけている髪飾りは、緒方さんからの贈り物だろう?」



言われてミクは無意識に髪飾りへと指を伸ばした。

それは二輪のマーガレットがあしらわれた髪飾りだ。



「は、はい……、クリスマスの時に星登さんが贈ってくださったんです」



それを聞いて文代は満足そうな笑みを浮かべる。



「ミクちゃんはさ、その髪飾りをくれた緒方さんを好きになったのだろう?

 だったら、彼の気持ちを信じることだよ。信じる事からすべては始まるもんさね」



ミクは鉢に視線を落とす。

自分が植え、育てた花に。

そうしながらミクは想いを馳せた。

自分の未来、自分が望む未来、星登の未来。

これから自分たちが辿るであろう、理想に満ちた未来に。



それら己の胸裏で咲き誇る未来のために、いま自分が出来る事とは一体何だろう。



その疑問に達したとき、ミクの胸にはある種の勇気が湧き出てきて、

遂にその言葉を告げさせるに至ったのだ。



「……私、今夜星登さんとお話します。

 今までみたいに逃げたりせずに、怒鳴られる事とかを怖がったりしないで、お話しようと思うんです。

 そして……そのときに、私の想いを伝えようと思います。

 私のこの気持ちを、星登さんへのこの想いを、包み隠さず伝えます」



そう語るミクの表情に浮かぶのは、乙女特有の決意と、幾ばくかの不安を孕んだ恥じらいだった。



「うん、頑張りなよ!」



そう言って文代が笑う。

ミクもそれに笑顔で答えた。




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