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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第三章~懊悩~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)六月二十五日(水)[12]



ミクは自宅で夕飯の支度を調えていた。

今日は星登からの連絡がないから、夕飯は家で食べるに違いない。

そう思って、ミクはいそいそとおかずを作っていく。

時刻は夕方の六時半。

いつもであればもうすぐ帰ってくるころだ。

ある程度の下準備を終えたところで、ミクは台所の火を止め、居間へと移動した。



そしてミクは文代から貰った鉢へと視線を移す。

鉢は日の光がふんだんに届くようにと南向きの窓際に置いたのだが、

この時間になると外はすっかり夕闇に包まれてしまう。

窓際に置かれた花が、紺色に染まった外の風景をぼんやりと眺めているような気がして、

言いようのない憐憫を抱いてしまい、鉢をその手に取った。



ミクはロベリアの花びらを指先で愛でながら、今日聞いた話を思い返していた。



星登の過去の事。



それを思うと、星登が家族というものに憧れるのも納得できた。

きっと彼にとって、家族とはかけがえのない宝石のようでありながら、

同時に二度と戻らない煌めきそのものであったに違いない。

ある日突然失われた両親の温もり、渾身の情で愛し続けた妹の喪失。

それら身を引き裂くほどの哀しみを経験してしまった彼だからこそ、

『家族』とは途方もない重さと輝きを伴って、彼の中で響き続けていたのだ。



ミクを初めて起動した、あの夏の日。

星登はミクの瞳を見てぽろぽろと涙をこぼした。

あの当時はどうして涙を流すのかわからなかったけど、今なら理解できる。

彼はそのとき、ミクの表情に妹の面影をうつして、郷愁の念に駆られていたのだ。



風邪をこじらせてしまったあの晩秋の朝、星登は一人にされることを極端に怖がった。

あれは体の自由が利かず弱気になってしまった心に、家族を失ったときの恐怖がふいに蘇ったのだろう。



自分はそんな星登の支えになれたのだろうか。



昼間、文代に漏らしたその疑問を、敢えてまた己に問うてみる。



家族に憧れると言った星登。

父親、母親、子供、彼ら大切な人たちが一緒に笑い合える、そんな当たり前の家族に憧れると言っていた。

彼の理想の中、夢に描いた未来には、愛する家族に囲まれるという、そんなごく平凡の幸福があったのだ。



そう、『未来』。



そしてミクは己の未来、いや、己が望む未来について想いをはせた。

星登と共に暮らす。

星登と共に笑い合い、幸せを供与する。

特別な何かを望むわけではない、

かつて自分が感じていた日常という幸福を、いつまでも享受していきたい、ただそれだけだった。

故に、そこに子供の姿はない。

子供を産む事が出来ないミクにとって、彼女の描く未来に子供の姿はあり得なかった。



もしかして、自分が望む未来と、彼が思い描く未来との間には決定的な齟齬があるのではないか。

そしてその齟齬は、子供を産めないミクにとって、埋める事の出来ない溝となりうるのではないか。



そんな空恐ろしい疑問が脳裏に浮かぶミクだが、それをかき消すために必死で文代の言葉を思い返す。



『子供を産めない事実は、幸せを諦める理由にはなり得ない』

確かに人間の中には子供を産む事の出来ない人がいるし、

そんな障害を背負いながらも幸せに暮らしている人だっている。

それは紛れもない事実だ。



だが、その『障害を背負いながら幸せに暮らす人々』の中に、自分は入る事ができるのだろうか?

現実として子供を望んでいる星登が、本当に自分の想いを受け入れてくれるのだろうか?

ミクは手元の鉢に視線を落とした。

そこには、種から芽吹き、花を咲かせた、紛れもない生命があった。

そしてこの花が辿るであろう未来を想う。

やがて種子を身に孕み、新たな生命のために肥料として己の身をやつしていく、その未来を。



このちっぽけな花でさえ、新たな生命を身に宿し、次の世代へ生を繋いでいく役目を担っている。



だが、自分は?

花も、人間も、この世界に存在するあらゆる『生命』が持ち合わせている、生成と枯死という機能。

種子から芽吹き、花を咲かせ、種子を孕み、その後は新たな生命の肥料として、枯れ朽ちてゆく。

そんな延々と繰り返される『世代』というらせんの中に、アンドロイドは決して存在し得ない。



果たして自分は、『生命』としての機能を持ち合わせない自分が、

本当に星登に受け入れられるのだろうか?

そんな弱気が首をもたげた瞬間、玄関の扉が開かれた。



初音ミクSS「君の心は、そこにある」六月二十五日[13]へ

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