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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)七月十九日(土)[3]


瞬間、ミクは脱兎のごとくその場から逃げ出した。

床に吸い付いたように動かなかった足が、嘘のように前へ前へと繰り出ていく。

一段飛ばしで階段を駆け下りてからも、全力で走った。

腕を思い切り振る。

買い物袋が邪魔でしょうがない。

しかし捨てるわけにいかない。

これを見つけた星登と凜奈が、自分があの場にいたことに気づいてしまうかもしれないから。

いや、きっと気づくだろう。

気づくに決まっている。



一秒でも早く、一メートルでも遠くへ。

ミクは息も絶え絶えに、ただ闇雲に駆け続けた。



自分が売られる。



自分が捨てられる。



最後にはモノやゴミのように捨てられてしまう。



怖かった。

惨めだった。

情けなかった。

こんな簡単な事に気づかず、いや、気づかないふりをし続けて、

都合の悪い現実から目を逸らし続けてきた自分が不愉快だった。

こんな簡単な事実に少なからないショックを受けてしまっている自分が、余りにも嘆かわしかった。



そう、自分は、アンドロイドなのだ。

人間にとっては道具でしかないし、究極的にはモノでしかありえない。



わかっていた。

わかっているつもりだった。

自分が道具でしかなくツールでしかないことなど、

起動されたあの日からずっと自覚しているつもりだった。

それなのに次々と沸き上がり、今にも溢れそうなこの自己憐憫は一体何だろう。



……そうだ。

自分が星登に憧れてしまったからだ。

星登の優しさに触れ、彼の笑顔に触れるうちに、

彼の支えとなってずっと共に生活していきたい、いつしかそんな希望を抱いてしまった。

そしてその儚い希望はいつからか『ずっと彼と暮らせる』という期待へ変化し、

分不相応な願望となって己の胸奥に根付いてしまったのだ。



(……バカだ、私)



そう胸の内で呟くといっきに体中から力が抜けて、その場に立ち尽くした。



西の空は僅かに朱色に染まり、太陽が大地へ溶け込もうとしているところだった。

夕刻の風は微かに冷えて、熱せられたアスファルトとミクの体を

一緒に優しく冷まそうとしているように感じられた。



途端、ミクの中で哀しみがこみ上げてきた。

その悲哀が涙となって零れ落ちてきそうだったので、

ミクは必死で耐えて、何とか泣かないようにその場でこらえてみせた。

きっと今の自分の顔はくしゃくしゃに歪んでいて、滑稽な事この上ないだろう。

ここに誰もいなくて本当に良かった。



「……っ……っく……」



ミクは道ばたで時折しゃくり上げながら涙をこらえていると、誰かが背後からミクに声をかけてきた。



「おや、もしかしてミクちゃんかい? どうしたのこんなところで?」



振り返ると、買い物袋を手に持った文代がそこにいた。

どうやら買い物からの帰りらしい。



「こ、こんにちは大家さん」



どうにか声を振り絞って挨拶を返すミク。

しかし当の文代はぎょっと驚いたように目を見張っている。



「あんたどうしたんだい、ひどい顔してるわよ」



「あ、これは……その……」



ぐしぐしと顔をこすって、どうにかごまかそうとするミク。

どう説明すれば良いのか、そもそも話すべきかどうかの判断すらつきかねているうち、文代が口を開いた。



「とにかく、うちに来なさいな。ゆっくりお茶でも飲みながら、話せる事から話してくれるかい?」



初音ミクSS「君の心は、そこにある」七月十九日[4]へ

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