スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)七月十九日(土)[5]


そうしてたっぷり五分ほど過ぎた頃だろうか。

文代がようやく口を開き、ある提案をした。



「……ねぇミクちゃん、もしあなたさえ良ければさ、うちに来ないかい?」



文代の言わんとしている事が把握できず、きょとんとした表情を向けるミク。



「だからさ、今のミクちゃんのマスターは緒方さんなんだろう?

 それをさ、私をマスターにして、この家で暮らせば良いんじゃないかって、そう思うのよ」



文代の提案は続く。



「だって、今のミクちゃんは気の毒で見てられないもの。

 仮に緒方さんが奥さんを説得して、ミクちゃんを所有し続けてくれるとしても、

 きっと奥さんのいじめが原因で、ミクちゃんは壊されてしまうよ。

 それならさ、そんな辛い思いをするくらいなら、もう私の家で暮らしていけば良いじゃない。

 確かに緒方さんと一緒に暮らす事は出来なくなっちゃうけど、

 それだって彼に二度と会えなくなるわけじゃないし、

 何よりも奥さんの嫌がらせを受けることはなくなるしさ。

 ね、そうしなさいな」



文代は本当にミクの身を案じてくれているのだろう。

その表情は悲壮と憐憫に満ちて、ミクのために出来る事を模索している人情が声色に溢れていた。



だが、そんな文代のいたわりに溢れた提案に対する、ミクの返答は。



「……ありがとうございます、大家さん。

 でも、本当にもう良いんです。・・・・・・私は、もう諦めがつきましたから」



ミクの瞳に浮かぶ情動、それは正に諦念そのものであった。



「……私にとって、星登さんは全てでした。

 大げさでも何でもなくて、本当に私の生活は星登さん一色に染められていたんです。

 星登さんがいてくれたから、私は日々に喜びを見いだせました。

 星登さんが笑ってくれるから、私も一緒に笑えました。

 私が笑えば、星登さんも一緒になって笑ってくれました。

 そうしてただ笑うという、それだけの事がこんなに楽しい事なんだって、

 それを教えてくれたのも星登さんでした。……だから、」



そこでミクの瞳から、また涙が溢れてきた。

もう流し尽くしたと思っていたのに、止めどなく湧き出る情動そのままに、

ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。



「だから、星登さんが私以外の人に笑いかけているのが、耐えられないんです。

 星登さんの隣に私以外の女の人がいて、

 ……彼がそれで幸せを感じているのを見るのが、耐えられないんです。

 ……だから、だから、……ごめんなさい……、……ごめんなさい、大家さん……」



ミクは耐えきれなくなり、それっきり言葉を紡ぐ事が出来なくなってしまった。



文代の家にミクの嗚咽が響いていく。



窓の外は紺色に染まり、夜の帳が家屋の中にまでおりて、

夜気を含んだ風は静寂と共に部屋の中で微かに舞う。

だが悲嘆の沼にその身を浸したミクにおいては、

夜の闇も、微かな風も、全てが諦観と絶望の色を孕んで、

ミクを救うものなどあり得ないように思えてならなかった。



初音ミクSS「君の心は、そこにある」七月二十七日[1]へ

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

缶

Author:缶
SS書いたり読書感想文書いたり仕事のあれこれを勝手気ままにダダ漏れさせる予定のようなそうでないような。

缶のTwitterアカウント

缶のpixivアカウント

オススメ!

最新記事
リンク
ブログ内検索
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。