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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)七月二十八日(月)[1]



剣持は自動販売機からコーヒーのカップを取り出して一口すすった。

相変わらず不味い。

格安で飲むことができる手前、文句など言える立場ではなかったが、

それでも愚痴の一つも零したくなる酷さだ。



剣持は紙コップを手にソファへ腰掛ける。

そこへ、隣で同じようにコーヒーの不味さに辟易していた部下の熊ヶ谷が話しかけてきた。



「……剣持さん、どうするんですか、今回の件は?」



「ん? うーん……、いくつか方針は考えているよ。まあ、何とかなるさ」



剣持は曖昧な答えだけを返す。

実は既にどのような対応をすべきかは大方考えていたのだが、

今からそれを全て説明するのは億劫だった。

いずれ説明することだし、今は眠気を覚ますことの方が重要である。



そこはクリブトン社ヒューマノイドテクノロジー開発センターのリラクゼーションルームだ。

時刻は午前五時を少しまわったころ。

空は少しずつ白みはじめて、あと数時間もすれば幾多の社員が出勤してくる。

今日は週明けの月曜日、憂鬱な一週間の始まりだ。



このような時間に剣持と熊ヶ谷が出勤しているのには理由があった。

昨日――と言っても、徹夜明けの剣持にとっては『今日の』という方がしっくりきたが――午後八時頃、

S県F市の<KAITO>が襲撃にあい破壊された。

そこへ<KAITO>のOEM先であり所有者でもあるALKOS社から、

加害者捜索のため犯行時の画像及び音声データをアンドロイドから取得し、

それを引き渡すことを緊急依頼されたのだ。

剣持たちはそのデータ取得メンバーとして急遽かり出されてきたのだが、

実際には<KAITO>のSSDは完全に破壊されていて、データを取り出すことは不可能な状態であった。

それは現場へ赴いたクリブトンのフィールドエンジニアも同様に感じていたらしく、

被害者確保に繋がるデータの抽出は不可能だと悟った彼は、

クリブトンへ通報してきた<初音ミク>とその所有者に対し、

犯人逮捕のためにも<初音ミク>を一時お預かりしたいと申し出たのだ。

いやはや、余計な真似をしてくれたものだ。



とにかく剣持たちはALKOS社に<KAITO>が完全に破壊されたことを伝え、

データ抽出はもはや不可能であり、この話はこれで終了としたかった。

しかしALKOS担当者は『犯行現場に<初音ミク>がいたはずだから、

そのアンドロイドからデータを取り出せ』と要求してきたのだ。

まったく、同じ現場に<初音ミク>がいたなどという情報、どこから入手したのだろうか。

ALKOS社からすればその要請は至極当然のことと言えるが、剣持たちにとって、

それはあいわかりましたと簡単に頷ける要望ではなかった。



何故ならその<初音ミク>は、性犯罪被害を受けていたからだ。



ふぅ、と剣持は深いため息をつく。



正直、剣持は戸惑っていた。

性犯罪被害者とどのように接すれば良いのかなどわからなかったし、

その彼女から犯人の人相や音声を含むデータを抽出するなどという無体な真似、できるわけがなかった。

勿論、いざとなれば<初音ミク>の電源を落として、SSDを抜き取り、

そこから直接データを取り出せば抽出できないわけではない。

しかしそれは彼女の人格を無視した強引な手法であり、彼女を設計し、

娘のような愛着すら抱いている剣持たちにとって、それは暴力的とも言える非道な方法であった。



そして当のミクはと言えば、今はリラクゼーションルームの隣の仮眠室で休んでいる。

一人で部屋にいるのは不安だろうと、

剣持たちと同様に緊急出勤してきた佐々木渉子が彼女に付き添っていた。

男性よりは女性に付き添ってもらう方が彼女も安心できるだろうと考えてのことだ。



剣持はちらりと、仮眠室の扉を見やる。

何も変化はない。

変化がないからこそ、逆にどうしても気になってしまう。

被害にあったミクへの同情、レイプした犯人への怒り、捜索に協力できぬジレンマ。

様々な感情が渦巻いて、とてもではないが落ち着いた気持ちになんてなれなかった。

それは隣の熊ヶ谷も同じ気分なのだろう。

ちらちらと仮眠室を気にしてはコーヒーを口にする。

先ほどからその動作を繰り返してばかりだ。


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