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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)七月二十八日(月)[4]



佐々木が退室した仮眠室の中、ミクはベッドの上で膝を抱き、うずくまっていた。

電気は消さなかった。

窓の向こうが朝の気配に彩られ始めてもなお電気を消すことはなかった。

そうやって闇を忌避する一方で、閉ざされたカーテンを開けようとも思えなかった。

ミクにとっては、もはや闇と人目こそが何よりも恐怖の対象となっていた。

目をつぶるだけで呼び起こされる昨夜の記憶。

コンクリートの感触。

換気扇。

饐えた匂い。

男の声。

そして……下半身の痛み。



瞬間、息が詰まるような恐怖がミクを襲う。

あのゴミ置き場を舞台にした地獄が鮮明なイメージとなって、

ミクの瞼の裏にまざまざとよみがえってくるのだ。

それは映画のように滑らかな映像ではなく、

ひとつひとつの場面が高速なスライドショーのように繰り返されるのみだったが、

しかしそのときに味わわされた恐怖や戦慄は、あの場所あの瞬間に体験した絶望そのものとなって、

今なおミクの胸を貫き、蹂躙し、破壊せんと体中を駆け巡るのだ。



あの地獄は終わった、あの恐怖は過去のもの、もう自分に降りかかることはない。



そう自分に言い聞かせるものの、しかし胸中の恐れを拭い去ることなどできるはずもなく、

結局自分を落ち着かせるため、ミクは己の胸裏を星登との記憶で埋めるほかなかった。



そして思い出されるのは、昨夜の、星登との別れ際の記憶だ。






トシヤを死なせ、慟哭に暮れるミクのそばで、ただじっと寄り添ってくれていた星登。

何があったのか訊かず、とにかくミクの気が済むまで涙を流させてくれた。

そうしてトシヤの死を嘆き哀しみ、己の無力さを噛みしめ、

今こそ落胆の底に沈み行こうかというところで、ようやく星登は尋ねた。



「何が、あったんだい?」



そのときの星登の表情は、今でも鮮やかに思い出せる。

ミクの身を心から案ずる、沈痛な表情。

ミクの哀しみを少しでも救いたいと願う、痛切な想い。

その優しさはミクの胸に確かな波紋となって響き渡り、同時に、

今すぐ星登の胸に飛び込んで、そこで思い切り泣き続けたいという衝動をも生み出した。

しかしミクは、苛烈とも言えるその瞬間的な欲求を全力で抑え込んだ。

もはや星登は、ミクが己の想いをぶつけて良い人間ではなくなってしまったから。

星登の家族は、既に他にいる。

ミクはあくまで第三者にすぎない。

これからは、少なくとも自分が処分されるまでは、己の分をわきまえなければいけない。



そうやって情動を抑え込みながら、ミクはその夜に起こったことを説明した。

客観的に、淡々と。

そうでもしなければ、少しでも己の情動を挟んだ瞬間に、

恐怖という名の怒濤はその隙間を狙いながら一気に押し寄せてきて、

ミクの身体ごと吹き飛ばしてしまいかねないからだ。



ミクは説明した。

トシヤが襲われていたこと。

トシヤを救わんとここまで運んできたこと。

そして、自分がレイプされたこと。

全てを包み隠さず、冷淡に説明した。



そうしてミクが己の身に何が起きたかを一通り説明し終えたとき。

星登は膝の上に置かれた拳をぎゅっと握りしめ、

表情を痛嘆に歪め、唇をぶるぶると振わせながら、悲哀と憐憫に満ちた視線をミクの手元に向けていた。



ああ、自分が受けた被害を、嘆き悲しんでくれる人がいるんだ。



ミクにとってはその事実、それこそが救いとなっていた。

ミクの痛みと哀しみを自分のことのように受け止めて、理解し、供に嘆いてくれる人の存在。

それが星登だからということではなく、ただそういう人がいてくれることが、ミクは嬉しかった。



初音ミクSS「君の心は、そこにある」七月二十八日(月)[5]へ

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