スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)七月二十八日(月)[8]



「……もし犯人が捕まったとして、……彼らの刑罰はどれくらいになるんでしょうか?」



ざわりと、空気の色が変わったように見えた。

彼らの血の引く音までもが聞こえた気がした。



「あの人達はトシヤさんをリンチして殺し、私を興味本位で……弄びました。

 極刑までを望むつもりはありませんけど、

 それでも、断固とした態度と、彼らが犯した罪に相応しい罰を与えて欲しいと思っています。

 これが私の想いなのですが……どうでしょうか?」



佐々木は顔面を蒼白にして、剣持に視線を向けている。

彼女自身、どのように答えるべきか判断つきかねているのだろう。



やがて剣持が深いため息と供に、あくまで誠実な答えを返した。



「今回被害にあったのは、クリブトン社製アンドロイドである<KAITO>と<初音ミク>だけだ。

 つまり人的被害は何ら受けておらず、あくまで二体の物的被害のみと言える」



物的被害。



ミクはその表現にどこか薄ら寒い響きを感じてしまう。



「しかも確実に破壊された<KAITO>と違い、

 君の場合は本当に器物損壊罪を適用できるかどうか、わからない。

 過去には食器を汚物で汚すことは器物損壊罪が適用されるという判例があるけど、

 君の場合にもそれが適用されるかは、正直わからないんだ。

 そこは司法の判断になるだろう」



「……つまり、どういうことですか……?」



ミクはおそるおそる先を促す。

剣持の言わんとすることはそれとなく理解できるが、

しかしはっきりと言われない限り受け入れたくないという気持ちも確かにあった。



「……つまり、刑法に照らし合わせるのであれば、

 被告は<KAITO>に対する器物損壊罪しか適用されない可能性が高い。

 そしてその場合の刑罰だが……、

 犯人たちには、三年以下の懲役、又は三十万円以下の罰金が科せられる」



瞬間、ミクの視界がひっくり返った。



三年以下の懲役。



たったそれだけ。



トシヤを残虐に破壊し、彼の意志も希望も何もかも奪い去って、

徹底的に破壊せしめたにもかかわらず、犯人は三年以下の懲役だけで釈放される。

しかもそこには、ミクに対する犯行の刑罰は何ら考慮されていないのだ。



二人がかりでレイプされた。

きっとミクはあの夜の恐怖を忘れられない。

おそらく今後もずっと闇への恐れに縛られ続ける。

なのに、それなのに、犯人へのお咎めは一切ないというのだ。



何という理不尽。

何という不条理。



それはまさに、社会が、国が、いやさ人間が、ミクたちアンドロイドをあくまで物として扱い、

彼女らへの偏見と差別を助長し正当化しようという悪意の顕現だと思えた。



「……どう、して……?」



ミクの懐疑が自然に漏れ出る。



余りにやるせない現実を前に、泥のような落胆がミクの体を満たしつつあった。



「……どうして、どうしてなの? ねえ、どうしてなのよ!」



今やミクの落胆は残酷な失意となり、それはまさしく世界全てを呑み込むどす黒い絶望として感じられた。

だからミクは己の身を守るために、熱く煮えるような情動を、辺り構わずぶつけるしかなかったのだ。



「だって、だってあの人たちはトシヤさんを殺したんですよ?

 トシヤさんはずっと街の人のために働いて、皆から愛されて、子どもたちからも慕われて、

 あんな犯人たちよりもずっとトシヤさんの方が皆に受け入れられていたのに!

 それなのに、どうしてあのトシヤさんが、こんなに理不尽な扱いを受けなければいけないんですか!

 どうしてトシヤさんがモノ扱いされなければいけないんですか!

 どうしてトシヤさんを殺した犯人が、こんなに軽い罪なんですか!」



ミクの嘆きが部屋に響いていく。

だがいくら叫んでもミクの嵐は静まることなく、彼女の不満は堰を切ったように次々と溢れ出てきた。



「それにあの人たちは、私までレイプしたんですよ!

 レイプして、殺人まで犯して、それなのに三年以下の懲役しかないなんて、そんなの余りに酷すぎます!

 私の、私のこの悔しさも、恐怖も、誰も救ってくれないんですか?

 私たちはただ泣き寝入りするしかないんですか?

 私たちはどんなに汚されても、殺されたとしても、

 それらすべてを当たり前のこととして受け入れて、諦めるしかないんですか?」



もはやミクの頬は彼女自身の涙でぐっしょりと濡れ、

彼女の訴えは悲痛の色を含み、そして己をも傷つけるかのような激しさで、

自身の境遇と世間の理不尽さを嘆き続けた。



「私たちアンドロイドと人間とで、一体どんな違いがあるっていうんですか?

 確かに私たちは人間に造られました! でも、だけど、この私たちの心は人間と同じじゃないんですか?

 トシヤさんはコトミさんのことを好きだと仰ってました!

 そしてコトミさんもトシヤさんを好きだと仰ってます!

 私だって、私だって星登さんのことが好きです!

 それにトシヤさんがいなくなってしまって、たまらなく哀しくて、悔しくて、

 いたたまれない気持ちでいっぱいなんです!

 それでも、それでも私たちと人間とは違うんですか!

 私たちの心は、本当に人間の心と違うものだなんて言えるんですか!」



その問いは、いつかコトミへ投げたものと同じだった。

だからこそ敢えてミクはもう一度問うのだ。

自分たちを設計し、開発した研究者たちに。

己のアイデンティティとジレンマとをひとつの質問に込めて、全力で剣持にぶつけてみせた。



「私の、私たちの心は、……どうしても人間に受け入れられないものなんですか?」



しん、と息が詰まるような沈黙が部屋に降り立つ。

身じろぎひとつで空気が割れてしまいそうな緊張感のなか、

剣持はただ黙然として、ミクの質問を受け止めた。



窓ガラスが風に揺られてかたりと揺れる。

壁時計は音も立てずに、秒針を滑らかに回転させている。

しかしミクは呼吸すら忘れながらも、ただ剣持からの返答を待ち続けていた。



そしてようやく剣持が面を上げて、口を開いた。

その表情には苦悶と痛苦を滲ませながら。



「……君たちの情動プログラムと人間の心は、誰にも区別がつけられない。誰にもだ」



それが剣持の回答であった。



その瞬間にミクの身体を包んだのは、紛れもない失望だった。

もう何に対しても期待してはいけないという、

痛々しいまでの哀しみに彩られた達観と、体の中身をすべて抜き取られたような諦観。

それらたった二つの悟りが、ミクの希望も、未来も、何もかもを諦めさせた。



もう、ミクは取り乱さなかった。

涙も流さなかった。

嘆きの声もあげなかった。



本当の絶望がもたらすものを、このときミクは初めて知った。

それは慟哭でも、辛苦でも、憤怒でもない。

ただ底なしの無気力感だ。

動くことも、呼吸することも、考えることすら放棄させる無限の脱力感。

今のミクはまさにそんな失意のどん底にいたのである。



そんな折、ふいに、剣持の隣に腰掛けていた佐々木がさめざめと泣き始めた。



「……ごめんね、ミク……ごめんね……」



なぜこの人が謝るのだろう。



そんなことをぼんやりと考えながら、ミクは焦点の定まらぬ視線を、ただ虚ろに漂わせるだけだった。



初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月二日(土)[1]へ

関連記事
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

缶

Author:缶
SS書いたり読書感想文書いたり仕事のあれこれを勝手気ままにダダ漏れさせる予定のようなそうでないような。

缶のTwitterアカウント

缶のpixivアカウント

オススメ!

最新記事
リンク
ブログ内検索
カテゴリー
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。