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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月二日(土)[1]



その日は珍しく灰色の雲が薄く空を覆っていて、ぎらつく太陽に目を細める必要もない空模様だった。

時折吹く涼風が軒先の風鈴をちりんと鳴らし、

ミクの詰まるような胸中までをも健やかに吹き抜けていくようだ。



ミクがクリブトン開発センターから帰ってきて、数日が経過していた。

アンドロイドを取り巻く環境に情動を爆発させたあの日、

結局ミクは犯人に関する情報を提供しないまま帰宅したのだ。



それからミクはずっとアパートにこもっていた。

闇、人目、そして屋外。

それら全てがミクにおいては恐怖の対象となっていた。

それどころか外出を控えたとしても、ミクをあの夜の恐怖から完全に解放することはなかったのである。



例えば台所の換気扇。

それはゴミ置き場の換気扇を連想させて、コンクリートの冷たさまでも鮮明に思い出させた。

あるいは生ゴミの饐えた匂い。

ゴミ収集所にゴミを捨てに行くことだけでも、ミクは大変な勇気を要した。

そして『性』を連想させる単語。

テレビをつけたとき、出演者が『下着』や『バスト』などの言葉を発するだけで、

ミクは身を竦ませるような恐怖に襲われた。



ミクはこのように日常生活の中で度々あの夜の恐怖に苛まれることがあったため、

ここ数日間は一日の大部分をスリープモードで過ごすのが日課となってしまい、

食事もコンビニやデリバリーで済ませてもらうことが多くなっていた。

星登もミクの心情を察して、できる限りミクの回復に協力し、彼女を理解しようとしてくれていた。



だがこの外出すらままならない現状をいつかは打破しなければいけないことも、

ミク自身が最も強く自覚していた。

どこかで何かしらの区切りをつけなければ、いつまでも夜の呪縛に囚われたままとなってしまう。

そんな急き立てられるような思いに駆られる中、

前進と逡巡を繰り返すミクのもとへクリブトンの佐々木から電話があった。

昨日のことである。







『ああ、ミク? ごめんね、今は大丈夫かしら……? ちょっと、取り急いで伝えたいことがあって……』



そう前置きした上で、佐々木は電話越しに言葉を紡いだ。



『<KAITO>とあなたを襲った犯人たちなんだけど、今日警察に逮捕されたっていう連絡が入ったわ』



そこで佐々木は一度言葉を切る。

ミクからの反応を待っていたようだが、何の返事も返さないため、構わずにそのまま続けた。



『……状況を簡単に説明するとね、あの犯人たちは元々<KAITO>を襲うつもりじゃなくて、

 別の女性をゴミ置き場に引っ張り込もうとしてたらしいの。

 それで、その女性を助けるために<KAITO>が割って入って、女性は何とか逃げおおせたのだけど、

 犯人たちはその腹いせに<KAITO>を集団で暴行したって……、そういうことみたい』

 

ミクはそこで微かなため息をついた。

なんとトシヤらしい行動だろう。

彼は人間の暴力に対して何の対抗策も力も持っていなかったのに、

文字通り己の身を犠牲にすることで女性を無事に助けてみせたのだ。



『そして、その女性が警察に被害届を出して、犯人の人相なんかを証言したのが月曜。

 そして木曜の夜、つまり昨夜のことなんだけど、

 市内を巡回する警官が不振な若者に職務質問して、そのまま御用になったらしいの』

 

ミクは佐々木の話を特に何の感慨を抱くこともなく、漠然とした思いのまま聞いていた。



『現在の容疑は拉致監禁未遂だけど、警察は彼らの手慣れた犯行から、

 まだまだたくさんの余罪があると見て追求しているみたい。

 これで検察から起訴されれば、おそらくは執行猶予がつくこともなく、

 当分は外に出られないだろうって』



たくさんの余罪。

ということは、自分の他にも性犯罪被害を受けた女性が沢山いるということだろうか。

それならば確かに、彼らが逮捕されたことは喜ぶべき事態なのかもしれない。

これ以上の被害者が出ないためにも。



だが、自分とトシヤの無念は一体誰が晴らしてくれるというのだ。

トシヤはただの器物損壊罪、自分に至っては罪状として問われるかどうかもわからない。

ミクの胸奥で燻っている悔しさも、トシヤがこの世に残した未練も、

人間の意識という鉤に引っかかることのないまま、ただ空中でゆらゆらと浮かび続けるだけなのだ。



『ミク、だからその……もうあなたたちを襲った犯人はいないから、その……元気を出して?』



それは佐々木の必死の励ましだったのだろう。

ミクは彼女の不器用な優しさに感謝し、ありがとうと礼を言ってから電話を切った。







犯人はもういない。

犯人はもう逮捕された。



その事実は間違いなくひとつの区切りであり、ミクが過去の恐怖を克服するための、

最初の一歩を踏み出す良い機会であると言えた。



だが、トシヤとミクの無念。

それは本当に果たされたと言って良いのだろうか。

確かに加害者たちは逮捕され、これから罪に問われることになるだろう。

しかしそれはミクたちアンドロイドへ加えた害悪について糾弾されるわけでは決してない。

そもそも今の社会には、ミクやトシヤを救うための機関や団体はどこにも存在せず、

アンドロイドの遺恨や未練を解消しようという考えが抜け落ちているのだ。


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