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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月二日(土)[2]



そこでミクはようやく思い至る。

結局今の自分には、今ここにある現実を、

ありのままの『事実』として受け止める他何もできないということに。

トシヤの惨たらしい『死』に何もできなかった自分を呪うのではなく、

また性犯罪の被害にあった自分を救おうとしてくれない社会を嘆くのでもなく、

ただそういうものとして受け入れる。

自分の傷も、トシヤの後悔も、ただそういう事実として理解し、淡々と受け止める。

そうすれば社会の理不尽に涙を流すことも、自己憐憫に嘆くこともない。



だがその解釈は、ある種の諦観がもたらした寂しい自己防護に過ぎないこともミクは自覚していた。

しかしそれ以外にミクができることなど残されていないこともまた、哀しいくらいに理解していた。



そうしてミクは一つの意志を固め、外へ出た。

向かう先はあのゴミ置き場。

自分たちがどのような被害を受けたのかを受け止め理解するために、

あの場所をもう一度この目で確かめる。

行って何かをするわけではない。

ただ冷淡に受け止めるだけのために、あの場所へ行くのだ。



よろめきそうになる足もとを何とか踏ん張りながら、力強いとは言えない足取りで黙々と歩き続けるミク。

社会への諦念と、あの夜の恐怖。

それらがあざなう縄のように間断なくミクの胸裏へ襲い来るものの、

しかしミクはそれらを無理やり体外へと押しやって、マンションへの道をまっすぐ進んだ。



そうしてミクが目的地へやって来ると、そこには思いも寄らぬ光景があった。



ゴミ置き場の閉ざされた扉の前に、白い花々が幾重にも重なり合いながら置かれている。

いや、花だけではない。

そこにはトシヤに宛てて書かれた手紙なども、花と供にそっと彩りを添えているのだ。



「……これは……」



思わず漏れ出た声。

哀しくも温かな光景を前にして、ミクは紡ぐべき言葉も想いも見つからず、

ただそこで呆然と立ち尽くしていた。



その光景はまさにトシヤへの哀悼であった。

トシヤの死を悼む人々がその想いを花に託し、他でもないこの場所で、

哀惜の念に堪え続けている様が目の前に広がっている。

トシヤを故人として扱い、彼の死を悲しみ、悼み、弔う様は、

まるで葬儀場で別れを惜しまれているようにも思えて、

ミクは胸の奥をいっぱいに満たされるような感動を覚えるのだ。



しかしそんなミクの胸を何よりも強く打ち付けるのが、そこに捧げられた手紙の数々だった。

ミクは一封の手紙を手に取った。

宛名には『トシヤお兄ちゃんへ』と拙い文字で綴られている。

他の手紙を手に取る。

宛名は『トシヤへ』。

もう一封。

『大好きなトシヤ』。

そんな手紙がいくつもいくつも、この場所に捧げられているのだ。



ミクの胸はどこまでも熱くなっていく。

ただの器物損壊としか扱われなかったトシヤだが、

しかし彼の生き様は、確かな形となってこの場所に花開いているではないか。

トシヤの忠節、トシヤの至誠。

彼が遺したそれらの想いは、人々の悼みと哀憐という余りにも重すぎる感情を伴いながら、

まさしく『生きた証』としてここに形作られている。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月二日(土)[3]へ

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