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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月二日(土)[3]



そんなミクへ、偶然そこを訪れたコトミが声をかけた。



「こんにちは、ミクちゃん」



彼女の声にはいつものような仁愛は込められておらず、どこか寂しげな響きを微かに含むだけだった。



「……こんにちは、コトミさん」



「……このお花、凄いでしょう? 私も初めて見たときはびっくりしちゃった」



そう言いながらコトミは、白い花々で埋められたその一角に視線を移した。



「……これって全部、トシヤさんのために供えられたお花……なんですよね?」



「そうよ、商店街の人たちが中心になってね。子供たちも一生懸命お供えしてくれてるの」



「コトミさんも、その……お花を、供えたりとかはされたんですか?」



コトミはゆっくりと首を振る。



「……ここにお花を捧げてしまうとさ、ここに来ないとトシヤに会えないような気がしてしまうでしょう?

 だけど、トシヤが本当に帰ってくる場所は、私と同じALKOS出張所なの。

 だからここにお花を供えないのはさ、何て言うか、意地に近いものがあるんだけどね。

 ……ただ、そうやって理屈で自分を納得させているのに、こうして暇さえあればここに来てしまうのは、

 ……やっぱりこの場所に何かしらの無念とか、未練を残しているからなのかもしれない……」



柔らかな微笑みを浮かべたまま、コトミは語り始めた。



「……今でこそ、子供たちは手紙を書いてここに置いてくれたりしてるけどね、

 最初のうちはさ、子供たちはトシヤにもう会えないことを実感できなかったみたいだったの。

 でもこうしてお花が供えられ始めると、

 何となく『死んでしまった』ということが理解できちゃうみたいでさ……、

 こうして、このお花を前に、泣き出しちゃう子供が結構多かったの」



コトミはふぅとため息をひとつつくと、ゆっくりと言葉を繋いでいく。



「私ね、毎朝ここのお掃除をしているのよ。

 ほら、マンションの人たちからすればさ、

 このゴミ置き場にお花を供えられてしまうのは、余り良い気分じゃないでしょう?

 だから早朝に来てこっそりお花を片付けたりしてるのだけど……。

 でもね、こうして手紙を書いて、ここに置いていく子供がちらほら出始めて……。

 さすがに手紙は片付けるのに忍びなくてね、申し訳ないとは思いつつ、私が全部保管して……、

 何通かを読ませてもらったんだけどさ……」



そこでコトミは言葉を切った。

それはまさに荒れ狂う情動が体の内から溢れ出て、

どうしても次の言葉を紡ぎ出すことができないゆえの沈黙だった。



そしてコトミは息を呑み込み、どうにか一言だけ告げてみせる。



「……そこにはさ、トシヤがいたの」



そしてまた言葉を探すコトミ。

だが彼女の表情は気丈にも微笑みで染められている。



「どの手紙を開いても、どの手紙を読んでも、トシヤが溢れてるの。

 トシヤの生活が、トシヤの優しさが、まるでそこに彼自身が佇んでいるかのような瑞々しさで、

 手紙の中に充ち満ちているのよ。

 『一緒に遊んでくれてありがとう』、『一人で留守番してるとき、一緒に家にいてくれて安心できたよ』、

 『塾に行きたくないって駄々をこねたとき、一緒にお母さんに謝ってくれてありがとう』、

 ……もう、挙げていけばきりがないくらい、あの手紙にはトシヤの思い出がいっぱいに詰められてる。

 ……いいえ、あれは思い出とかじゃなくて、

 あの手紙こそがトシヤとしての生き様であり、信念そのものだった」



コトミの言葉は穏やかに紡がれているが、しかし傍らで聞くミクの耳には、

どうしてもそれらがコトミの身から絞り出される絶叫のように感じられてならなかった。



「あの手紙には、私の知らないトシヤで溢れてる。

 ずっと同じ屋根の下で暮らしながら、だけど私が知り得なかったトシヤの姿が、

 あの手紙には生き生きと描かれてる。

 だからこそ、私は辛いの。

 ……みんなから慕われて、みんなから信頼されたトシヤの本当の姿が、

 あの手紙ひとつひとつに鮮明に描かれてて……。

 だけど、そのトシヤにはもう会えない。

 あんなに純朴で、不器用で、だけど誰よりも街の人たちを愛したトシヤに会うことは、もうできないのよ。

 その現実が、私は本当に辛い。

 辛くて辛くて、このまま倒れてしまいたいくらい。

 ……だからね、私はもうそれ以上手紙を読むことができなかった。

 読ませてもらった手紙はほんの一部に過ぎないのに、それでも私はあの手紙を手に取ることができない。

 だからといって、捨てることなんてできるわけがない。

 ……私、私はねミクちゃん、トシヤの思い出と、

 彼の喪失感の板挟みにあいながら、もう、動くことができないの……。

 ここから一歩も、動けないのよ……」



痛恨に嘆くコトミの表情は、言葉とは裏腹に、やはり柔らかな微笑みで彩られている。



しかし今のミクにとってはその微笑みこそが余りに痛々しく、そして我慢ならなかった。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月二日(土)[4]へ

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