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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第四章~兇行~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月二日(土)[9]


「……黙りなさいよ」



力なく命ずる凜奈。

その声は怒りか屈辱か、いずれともつかぬ感情によって打ち震えていた。



しかしそこでミクが止まるわけがなかった。

ミクの言葉は獰猛な叫びとなって、その口から迸っていく。



「あなたはただ自分が可愛いだけよ!

 自分が可愛くて、そんな一番可愛い自分が恋愛に負けるのが悔しくて、

 しかもよりにもよって『ロボット』の私に負けるのが悔しくて、

 だから必要以上に私を敵視していたのでしょう? 

 そして彼の不安を煽って、身体で誘って、妊娠という現実で彼の未来を縛り付けた! 

 ねぇ、あなたは本当に星登さんが好きなの? 星登さんを愛していると言えるの?」



痛切に叫ぶミク。

灼けつくような怒りも、透き通るような哀しみも、皆もろともに言葉となって紡がれていく。



ミクの胸に去来する様々な情動。

それは凜奈への嫉妬であり、人間への怒りであり、社会への理不尽であり、

そして――星登への郷愁であった。

口にするたびに沸き上がってくるのは、彼との蜜月とも言える生活と、クリスマスの思い出だ。



花を愛でるのが楽しかった。



星登の優しさが嬉しかった。



喜んで貰えることが幸せだった。



料理を振る舞うのが幸福だった。



彼の孤独を癒すのが夢だった。



カラオケで過ごした時間が気持ちよかった。



星登と供に見た天使の梯子が美しかった。



そして何よりも、彼からもらったプレゼントが、何にも勝る宝ものだった。



メルトの女の子とお揃いだと手渡された、マーガレットの髪飾り。



遂に星登へ気持ちを告げられなかった痛悔を越えて、未だに強く惹かれるこの想い。

この行き場のない想いは哀しく明滅を繰り返しながら、しかしミクをただひたすらに衝き動かしてきた。



胸中で確かに鳴り響く思いの丈。



その昂る想いを、ミクは今ここで凄絶に解き放とうとしていた。



「私は、私は自信を持って言えるわ! 星登さんを愛してると!

 彼の子供を産むことはできないけど、私は星登さんを愛してる! 

 でも私にはあなたが信じられない! あなたが本当に星登さんを愛しているのか、信じられない! 

 あなたが偽物だとあざ笑ったトシヤさんの心は、本当に純粋だった! 

 子供たちを心から愛して、子供たちの安全を憂えて、その情熱と純朴さが、街の人たちの心にも届いた!

 だから、私は彼と同じアンドロイドであることを誇りに思える! 

 彼と同じプログラムを有していることを誇りに思える! 

 だけど、それでも、あなたのような非道で他者を理解しようとしない『心』こそが

 本当の人間の心だと言うならば、私はそんな心はいらないわ!」



「黙れって言ってるでしょ!」



言うやいなや、逆上した凜奈に掴みかかられた。

そのまま凜奈はミクを強引に引き寄せる。

ミクを引き倒し、階段から突き落とすつもりなのか。

ミクは咄嗟に足を踏ん張る。

それでもバランスを欠いたミクは、手の荷物を投げ捨てて手すりを掴もうとした。

瞬間、偶然荷物が凜奈の顔面を殴り、次いでミクの肩が凜奈にぶつかって、凜奈は大きく体を傾けた。

そのまま階段を転げ落ちそうになる凜奈。

この高さからでは、打ち所が悪ければ捻挫では済まされないだろう。



(危ない!)



ミクは凜奈を助けるべく、片手で手すりを掴みながら、もう片方の手で凜奈を掴もうとする。



だが、その瞬間。



悪魔がそっとミクに耳打ちした。





『このまま落とせば、凜奈は死ぬ』





一瞬だけ伸ばしかけた手を止めるものの、しかしミクはその危険な思考をすぐに追い出した。



だが、その一瞬。



その一瞬だけで充分だったのだ。

凜奈を救うチャンスを根こそぎ奪うためには。



階段で大いにバランスを崩した凜奈は、当然の物理法則に従ってそのまま転げ落ちていく。

後頭部を何度も打ち付け、曲げてはいけない方向に何度も力を加えられながら、

がんがんとけたたましい音を立てて転げ落ちていく。

そして階段の魔力から解放された凜奈が地面に横たわる頃には、彼女の首はありえない方向へ曲がっていた。



呆然とその一部始終を見つめるミク。

ぴくりとも動かない地上の凜奈。

いや、それはもはや凜奈『だったもの』と呼ぶべきか。



ミクは手すりに掴まりながら、他の何をすることも忘れて、ただ凜奈を見つめていた。



いま自分の目の前で起きたことが信じられなかった。

凜奈を助けられたのに、助けなかった己の行いが恐ろしかった。

凜奈に敵意や憎悪を抱いても、殺意までは抱いていなかったミクにとって、

この現実は余りに重々しくのしかかってきた。



「キャ――――――――ッッ!」



甲高い悲鳴がミクの耳に届いた。

どうやら近所の主婦に見られたらしい。



その悲鳴で我に返ったミクは、思考が散り散りに乱れ飛ぶほどの混乱をきたし、

己が下した恐るべき兇行に慄然とするばかりだった。



(私が見殺しにした! 助けることができたのに、助けようとしなかった!)



その罪悪感はミクをどこまでも追い詰める。



(どうしよう! どうすればいいの! ねえ、誰か教えてよ! どうすればいいの!)



錯乱したミクの思考は堂堂巡を繰り返し、そして遂にメインプロセッサがヒートアウトを起こして、

ミクの意識は強制的に暗転させられた。



がくりと体中から力が抜けて、その場で腰からくずおれるミク。



急速に音と光が遠のいていく世界の中で、ミクは最後にただ一言だけ、想いを言葉に託した。



「……星登……さん……」



愛しい人の微笑みが闇の中に浮かんだように思えた。



だがそれも一瞬のこと、即座にミクの意識は闇に落とされ、後に残されたのは【無】そのものであった。











正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月二日(土)午後五時四十分に発生したこの事件は、

自律型アンドロイドが関与した初めての死亡事故として、

翌日には新聞社をはじめとするマスコミ各社によって全国に報道されることになる。



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