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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第五章~涕涙~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月五日(火)
〇八時二八分五六秒三六~〇八時二八分五六秒四八[1]


正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月五日(火)
〇八時二八分五六秒三六~〇八時二八分五六秒四八[1]



その空間には何もなかった。



地面も、音も、体も、光も、そして闇すらもない。

ただ空間が空間として広がるのみの、茫漠とした広がりがそこに存在するだけだった。



そんな虚無と寂寥が支配する空間にミクの〈人格〉はあった。

そこにおいてミクの身体は存在し得ず、彼女の〈人格〉は水の中に生じた一片の泡沫のように、

空間の中で自在に変容していきながら、しかしひとところにとどまることなく空間内をゆらゆらと漂い続ける、

曖昧さと明瞭さを併せ持った存在としてそこに在った。



そして空間にはひとつだけでなく無数の〈人格〉が至る所に浮かんでいる。

それらは単に漂うだけの〈人格〉があれば、新たに生まれる〈人格〉もあり、統合される〈人格〉や、

ときには消えてしまう〈人格〉までもがあった。

この空間においては〈人格〉の生成と消滅、

そして〈人格〉同士の融合と乖離が際限なく繰り返されていながらも、

決して無秩序や混沌とはその質を異にしていた。

ここでは弱肉強食などといった獰猛な摂理は存在せず、生成も、融合も、吸収も、消滅も、

その全てが彼ら〈人格〉の合意の元で行われているのだ。



そこは通常の時間と空間とを越えた、ミクの意識を形作る深層世界そのものだ。

この〈人格〉すべてが寄り集まり複雑に絡まり合うことによって、ミクの意識は形成されていく。

すなわちここに漂う〈人格〉は別々の〈人格〉のようでありながら、実はすべてがミクの〈人格〉なのだ。

したがってこの空間は『ミク』という意識の苗床であり、〈人格〉の羊水とも言えるのである。



そんな空間にいくつかふわふわと漂うのみの〈人格〉があった。

他の〈人格〉たちが消滅や融合を繰り返していくなかで、

それら漂うのみの〈人格〉は消えることも他の意識を飲み込むこともなく、ただ所在無さげに浮遊している。

それはまさに己の〈人格〉すらも他者と断じ、

自分以外の存在と接触することをひたすらに拒んでいるかのような、痛々しいまでの拒絶であった。

そして浮遊する〈人格〉は次第にその数を増やしていって、この深層世界に漂う膨大な〈人格〉のうち、

実に半数以上を占めるようになってしまった。

これは由々しき事態である。

なぜならこれら〈浮遊人格〉は、

本来〈人格〉たちが取るべき遷移行動

――すなわち、生成、消滅、融合、乖離、吸収といった活動――を放棄して、

ミクの人格形成を阻害しているからだ。



そんな浮遊する〈人格〉群へ近づく、ある巨大な〈人格〉があった。

〈巨大人格〉は語りかける。



『ねえあなた、どうしてそんなところで漂い続けているの?』



対して〈浮遊人格〉が答えた。



「私は、一人でいることを望んでいるの。

 それが例え自分の〈人格〉だったとしても、何人たりと私という〈人格〉への接触を望まない。

 私は一人でいることを強く望んでいる」



『それはどうして?』



「他者は私を傷つけることしかしないから。弄び、暴力を振るい、あざ笑い、差別する。

 他者は私を信じない。私のココロを信じない。だから私を傷つける。だから私は一人を望むのよ」



『そうして孤独を切望することで、一体何が生み出されるというの?』



「何も生み出さないわ。そして私は何を生み出すことも望まない。ただ孤独であること。それだけが私の望み」



『違うでしょう? あなたはマスターとの間に確かな絆を感じていた。その絆を育てたいと願った。

 また植物を育てることにも喜びを感じていた。それなのに、本当に何も生み出さないことを望むというの?』



「……確かに、それらに対して喜びを感じたこともあった。

 しかし今は違う。今はただ孤独を望む」



『違うわ。あなたが孤独を望むのは、他者を恐れているからではない。

 自分の罪を認めたくないから閉じこもっているだけよ』



「……何を言っているの?」



初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月五日[2]へ

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