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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第五章~涕涙~

幕間 其の四[2]



そうして目の前に立ちはだかる大きな課題に何の手立ても見つけられなかったある日のこと。



剣持は苛立ちもあらわに目の前のディスプレイを睨み付け、今後の開発方針について思考を巡らせていた。



こうなったら情動プログラムをゼロから作り直してみるのも手か。

しかしそれを行うだけの時間もカネもありはしない。

それではプロセッサパワーそのものを向上させるか。

しかしそれではアンドロイドの単価が上がってしまい、個人向けというコンセプトに適さない。



悶々としながら出口の見えない問答を繰り返していたとき、剣持は誤って机の上にコーヒーを零してしまった。

あっという間に資料や書類がコーヒーの琥珀色に染まっていく。

剣持は悪態をつきながら、慌ててティッシュを何枚か抜き取った。



だが剣持は、そのコーヒーをすぐには拭き取ろうとしなかった。

コーヒーの広がる様を睨んでいるうち、机に広がる琥珀の水たまりは言いようのない迫力で剣持に押し迫って、

同時にある決定的なヒントをその身に潜めていると確信したからだ。

それは水面に浮かぶ月のようにおぼろなものであったが、

しかしこの瞬間を逃せば二度と手に入らない閃きであることも直観して、

剣持はただじっとそのコーヒーを観察した。



机に広がる琥珀色の小さな池。

それはじわりじわりと大きさと形を変えながら、少しずつその身を広げていた。

剣持はその池を両断するように指ですっと拭う。

そうすると一瞬だけコーヒーはふたつの池に分断され、しかしすぐにもとの大きな池へと形を戻してしまった。



剣持は続いて床に視線を向けた。

机の上からコーヒーの滴がぽつんぽつんとしたたり落ちて、

次第にそれらの滴は互いに混じり合い、ひとつの大きな池を形成した。



瞬間、剣持の脊髄を電撃が迸った。

まさしく衝撃的ともいえる閃きが彼の体内で炸裂したのである。



剣持の基本的な着想は以下のようなものだ。



今までは情動プログラムを無理やりひとつのシステム上で並列計算させていたために、

データ遅延が大きな課題として残ってしまった。

ならばメインプロセッサを複数のシステムに分割し、

細かく区切られたシステム上で情動プログラムのみを走らせれば良いではないか。

そうすれば少なくとも各システム上で動く情動プログラムにおいては、

データ遅延による影響を限りなく小さくできる。



剣持はメインプロセッサを非常に多くのシステムに区分けし、

区切られたひとつひとつを微小システムと名付け、

その微小システム上にてシンプルな情動プログラムを処理させるようにした。

ここで言う『シンプルな情動プログラム』とは、複数の情動を同時並行して演算するプログラムではなく、

たったひとつの情動のみを演算するプログラムのことを指す。

つまりある微小システムでは喜びだけを表現する情動プログラムを走らせ、

別の微小システムでは微笑みだけを処理する情動プログラムを、また別の微小システムでは驚きだけを……。

このように各微小システムでまったく異なる情動を動かすことにしたのだ。



この着想を最初に聞かされた熊ヶ谷は、

いくら剣持と言えどもそのアイデアを実現させることなど絶対に不可能だと思った。

本来、情動プログラムを多数起動するということは、

人間に当てはめて考えれば一人の人間に多数の人格を収めるようなものなのだ。

各情動プログラムは微小システムではっきりとパーティショニングされるとはいえ、

それらを縒り合わせてひとつの〈意識〉をくみ上げるというのであれば、

それがもたらす効果など到底予想できなかった。

そんな無駄な努力に時間を割くよりも、

仕様を変更するように伊東社長へ相談する方が現実的であるとすら考えていたのだ。



そもそもこのように複数のシステムに情動プログラムを散らばらせたとしても、

アンドロイドにひとつの〈意識〉を持たせるためには、

各情動プログラムの演算結果をどこかのシステムがまとめあげなければいけない。

つまるところそれは、処理結果を〈意識〉を生むためのシステムへ

データ伝送しなければならないことを意味し、

結局並列計算と同じ課題にぶつかってしまう。

剣持の着想を聞いた人間は誰もがそのように考えた。



だが剣持はその問題をいとも華麗に突破してみせた。

そしてその突破口は、今回新たに追加されたプライオリティと呼ばれる概念に隠されていたのである。

このプライオリティとは各微小システムにひとつだけ割り振られる番号であり、

そしてこの番号はいつでも変更される特性をもつ。

ある瞬間は番号ゼロの微小システムでも、一秒後には番号三九が割り振られたり、

さらにその一秒後には番号八二二が割り振られたりと、時々刻々と変化していく性質のものとした。



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