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CLANNAD SS「夕凪の声」#01/06

#01





汐の四十九日を終えて、数ヶ月が過ぎた。
攻撃的な太陽は空を蹂躙し、うだるような暑さが気力も体力も根こそぎ奪い取っていく。
汐を喪い、また一人となってしまった安アパートの一室で、俺は茫漠とした現実の中、孤独を弄びながら過ごしていた。

エアコンのない部屋の中は、不快指数だけがグイグイと上昇していく。
空気の流れを良くするため、窓と玄関を開け放つ。
そのお陰で蒸された空気が部屋を充満することだけは避けられたが、それでもこの無気力感だけは如何ともしがたかった。

壁に寄りかかり、そのままストンと腰を落とす。
目の前の扇風機が生ぬるい風を送り続ける。
しかしそれに文句をつける気力すら湧いてこない。

いや、この惰弱は、真夏の暑さによりもたらされたものではなかった。
渚を喪い、汐を喪い、愛する人を次々に喪って、己の存在価値を根底から見失う。
愛する人を守る事すら出来なかった己の無力に歯痒さを感じながら、俺はただ生きるためだけに生き続ける、柔弱な甲斐性なしに成り下がっていた。

(渚・・・)
呼んでも、すぐ頬を赤らめる愛らしい笑顔は、もう見られない。
(汐・・・)
呼んでも、稚気と無邪気をふんだんに散りばめた笑顔は、もう見られない。

俺が人生を賭けて愛した妻と娘を、俺は二人とも喪ってしまった。
渚は、人生に対して、将来に対して、夢に対して、全てに対して斜な見方しか出来なかった俺を、受け入れ、導き、愛してくれた。
汐は、愛する人の喪失のため自棄となった俺に、家族の愛を教え、やり直すチャンスをくれた。
俺がどうしようもなく荒れていた時に、正しい方向へ善導してくれたのが、彼女らだった。

だから俺は、恩返しをしたかった。
全力で働き、全力で応え、そして全力で愛した。
なげうてるものは全てなげうって、二人を救う事が出来るもの、出来る可能性があるものならば、何にでも縋った。
それこそ、俺の心臓が必要であると言われれば、その場で抉り出してみせる程に。
しかし、現実とはどこまでも残酷だ。
俺がどこまでも彼女らを愛しても、どれほど彼女らを必要としても、運命の神は二人にこれ以上の人生を許しはしなかったのだから。

ふいに、アブラゼミの声が耳を叩いた。
網戸にへばりついたセミの鳴き声が鼓膜を殴りつけるような騒音となって、部屋中を侵略し尽くす。
部屋の暑さと相まって、苛立ちを最高値にまで押し上げられた俺は、痺れた腰を上げて、網戸を掌で二、三度叩いた。
ジジ、と情けない声をあげながら、アブラゼミは陽光降り注ぐ空気の中に消えた。

そのとき、コンコン、と控えめにドアが叩かれた。

「こんにちは」

その声は、今も昔も変わらず耳に優しく転がってくる。

「こんにちは早苗さん。
 こんなに暑い日くらい、無理をして来なくても良かったのに」
「朋也さんの部屋に遊びに来るのも、私の楽しみのひとつなんですよ。
 気になさらないで下さい」

ふわりと笑顔を浮かべながら、早苗さんは手にしていたスーパーの袋の中身を、手際よく冷蔵庫へ移していった。

汐の看病のために離職した俺は、皆の理解もあって、職場への復帰を何とか果たすことができた。
それで当面の経済的困窮から逃れることはできたものの、日々の生活、とりわけ栄養面への気配りなど全くできていなかった。
そんな俺を見かねてか、こうして早苗さんは時折俺の部屋を訪れ、その度に数日分のおかずを用意してくれるようになった。
晩春の季節まではタッパーに詰め込んだおかずを冷蔵庫に移してくれていたが、最近は食品が傷みやすい季節となったせいか、わざわざスーパーで材料を買出し、狭い台所を行き来して料理をしてくれる。
この暑い日中、重い荷物を手にわざわざアパートまで足労してくれるだけでも恐縮してしまうのに、その上おかずまで用意してくれるのだ。
その優しさに甘えっぱなしではいけないと思いつつも、しかしその優しさを遠まわしにでも突き放す事の出来ない優柔不断さに、軽い自己嫌悪を抱いてしまう。

そして今日も早苗さんの優しさに流されるまま、用意してくれた昼食をともにし、俺は茶を淹れるため台所に立った。
そこで、茶葉を切らしていることに気がつく。
そのことを早苗さんに告げると、

「ごめんなさい、気がつかなくて。
 さっきついでに買ってくれば良かったですね」

こんな何でもないことに対しても、早苗さんは本当に申し訳なさそうに話すのだ。

「いえ、そこまで気を遣われると返って恐縮してしまいますよ。
 ちょっと散歩がてら、買ってきます。早苗さんは少し休んでてください」
「お願いします。お言葉に甘えさせていただきますね」

財布をジーンズのポケットに突っ込んで外に出た
。途端、容赦無い日差しが肌を襲い、強烈な照り返しが瞳を焼いた。
生ぬるい空気は粘性を伴って肌に纏わり付き、どこからか聞こえてくるセミの声が脳天に突き刺さる。

夏だった。
どうしようもないくらい、外は夏に満ちていた。
土埃の匂いも、草いきれも、どれもが毎年変わらぬ夏の様相を呈していた。

後ろから駆けてきた子供たちが、訪れた夏を満喫するかのような笑顔で俺を追い越していく。
ふいに、その姿が汐に重なった。
楽しそうに花畑を駆ける汐の姿。
つまらぬおもちゃを満面の笑顔で受け取る汐の姿。
俺と園の運動会に行くことを、心から楽しみにしていた汐の姿。

そう。
思えば、汐がはち切れるような笑顔を周囲に振りまいていたあの頃から、まだ一年しか過ぎていないのだ。
たった、一年。
されど、一年。
俺は、何も変われずにいる。

人が変わるには充分すぎる時間が過ぎた筈なのに、俺は未だ汐と渚を喪った寂寥から抜け出せずにいる。
汐の小さな体も、渚の包まれるような温もりも、目を閉じれば昨日の様に思い起こせてしまう。
街ですら実相を次々と変化させているというのに、俺は街そのものからも見捨てられたのか、数年前の時間をただ夢想することで己の孤独を癒そうとしていた。

しかしそうした懐古の念にとらわれる度、たまらない後ろめたさと共に重くのしかかって来るのが、早苗さんの優しさだった。
いや、厳密に言うと、元気に振舞い、俺なんかを気遣ってくれるほどの、早苗さんの強さだった。

辛いのは、俺だけではない筈なのに。

俺は妻と娘を失ったが、早苗さんとオッサンは娘と孫娘を失った。
共に過ごした時間だけで言えば、早苗さんたちが喪った時間は俺のそれと比べるべくもない。
渚の20年と、汐の5年。
俺は彼女らの人生の上澄みだけを掬い取ったに過ぎないが、早苗さんとオッサンは、本当の意味で、渚と汐を赤ん坊の頃からずっと見守り続けてきたのだ。
渚を叱った事もあるだろう。
汐に泣かれた事もあるだろう。
だけどそれと同じくらい、二人からは幸せを分けてもらったに違いない。
俺の知らない渚を、俺が知ろうとしなかった汐を、あの二人は抱えきれない思い出として、ずっとずっと胸の中で抱え込んでいるのだ。

それにも、関わらず。
早苗さんの振る舞いは気丈に見えた。
少なくとも俺には、以前と変わらぬように見えた。
面前に立つ者全てを素直にしてしまうような、あの独特の柔らかい微笑みを浮かべながら、早苗さんはいつでも俺の健康を気遣ってくれていた。
対して俺はといえば、己の中の哀惜を処理するのに精一杯で、他人に親切にする余裕など皆無だった。
他人の幸せに妬みの情を抱くほど屈折してはいなかったが、少なくとも自分以外の誰かのために気遣い、思いやり、心を配ることはできなかった。

ふう、と深いため息をつく。
それで感傷を追い出すことができるわけではないが、それでも心なしか胸が軽くなったように感じた。
一歩踏み出す度に汗が滴り落ちそうな陽気の中、俺は入道雲に目を向けることも無いまま、ただ歩を進めていく。
焼けたアスファルトから目を起こすと、ちょうどファミレスを通り過ぎるところだった。
かつて渚がアルバイトしていた店は、今でも大盛況だ。


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