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CLANNAD SS「夕凪の声」#02/06

#02





無駄に広い駐車場を横切り、冷房の効きすぎたコンビニに入ると、俺は適当に茶葉を選んで、ついでにタバコとビールも籠に入れた。
お茶請けに何か甘いものでも買おうとしたところで、誰かに後ろから頭を小突かれる。
「いよっ、相変わらずのアホ面ね」
「なんだ、杏か。っていうか、アホ面は余計だ」

にへら、と笑って再会を喜ぶ杏。
そういえば彼女と再会するのも久しぶりのことだった。
確か最後に会ったのは汐の通夜の席だったから、数ヶ月ぶりになる。

「偶然よね、こんな所で会うなんて」
「そういえば確かに、ここで会ったことはなかったよな。俺はよく仕事帰りに寄って帰るけど」
「どうせアンタが買うものなんて、タバコか、ビールか、カップラーメンか、そうでなければお弁当でしょ? たまには自炊しなさいよ。栄養バランス考えないと、ぶっ倒れるわよ?」
「原付で人をぶっ倒して登校してた女の言葉とは思えないな」
「そんな昔の事、時効よ時効」
「傷害罪の時効は10年だぞ」
「うっさいわね。あんま細かい事気にしてるとハゲるわよ」

この女・・・。

「それにしても」

ふっ、と一息ついて、杏の表情が柔らかく弛緩する。

「本当に久しぶりね。元気そうで安心したわ」

その表情が、一瞬、俺が良く知る高校時代の杏のそれに重なった。
姉御肌で、世話好きで、お節介で、しかしそれを煩わしいと感じさせない、絶妙な距離感を保つ杏のそれに。
その言葉の裏に込められた真意に気付いた俺は、彼女の気遣いに素直に感謝した。

「ああ、心配かけちまったな」

うん、と控えめな返事だけ返し、杏は視線を足元へ逸らす。

「大変、だったよね」

何が、とは言わない。

「色々。本当に、大変だったな、て。そう思うよ」

ああ、と曖昧な言葉だけを返し、俺は商品棚に視線を移した。
杏が汐の通夜に参列してくれたときのことを思い出す。
俺は通夜と葬儀の慌しさの中で、そのときはまだ汐がいなくなった寂寞に身を浸らせることができなかったが、こいつはそんな俺の代わりに、大粒の涙を流してくれた。
いつも強気で、勝気で、表情をころころと変える感情表現豊かなやつではあったが、それでも杏の悲哀の叫びを聞いたのはそのときが初めてだった。
生前、熱に浮かされ続けた、汐の安らかな寝顔を見て。もう熱病に苛まれることの無い世界へいってしまった汐を見て。
杏の泣哭は、眠る汐の目前で響き続けた。
通常よりも一回り小さな棺が、そのまま汐の早すぎる終焉を表している気がして、それだけで肋骨がシクシクと痛めつけられた。

「・・・あのときは、色々とありがとうな」
「・・・ううん、私は、何もしてないよ」

軽い吐息と共に呟く。何もしてないよ、と。

「何かしんみりしちゃったわね、ハハ、いやだなぁ、こういうの苦手なのに」

頬を指で掻きながら、曖昧に笑う杏。そんな杏の手に、光るものを見つけた。

「お前、それ・・・」

指摘すると、杏は言いづらそうに、しかし最後まで隠し通すつもりもなかったのか、素直に告げた。
薬指に嵌められた、銀色に光る指輪を弄びながら。

「うん、私・・・結婚するんだ」

正直、驚きを隠す事など出来るはずもなかった。
しかし冷静に自分と杏の年齢を考えれば、結婚してもおかしくない年齢なのだと思い至る。
それに高校の頃の快活とした杏の姿を思えば、男女隔てなく人気があった彼女が、適齢期を迎えてなお結婚せずにいることの方が不自然なのだ。
高校の頃から互いに遠慮なくバカなことを言い合ってきた仲だけに、突然もたらされた結婚の報告を聞いて、独特の好奇心がむくむくと膨らんでしまう。

「で、相手はどんなヤツなんだよ?」
「ふふ~ん、やっぱり気になる?」
「そりゃあな。気にならないと言えば嘘になる」
「それじゃあさ、教えて欲しかったらこの夏季限定版メルティキッス買ってよ」
「じゃ、幸せにな」

そのまま踵を返してコンビニを出ようとする。

「ちょ、待ちなさいよ。教えて欲しいんじゃなかったの?」
「いや、そこまでして教えて欲しい内容でもないし」
「たかだか200円かそこらのお菓子じゃない。ケチケチしないでよ」
「自分の結婚相手を教えるだけなのに、たかろうとするな」

わかったわよ、と肩を竦めてみせる。肩を竦めたいのはこっちの方だ。

「ま、せっかく教えてあげるんだから、多少は驚くふりでもしなさいよね。
 もっとも、こんなこと言わなくても聞いたら驚いてくれると思うけど」
「なんだ、相手は引退した元人気ロックアーティストか?」
「何よそれ。んなわけないじゃない。寝言は寝て言いなさいよね」

芳野さんのような前例があるだけに、あながちあり得ない話でもないと考えていたのだが、やはりこういう話はそうそう転がっているわけでもないらしい。
それにしても、

「確かに飛躍した発想だったとは思うが、一言余計だろ」
「んで彼の話なんだけどさ」

聞いちゃいねぇ。

「人気アーティストとか有名人なんてわけじゃないけど、アンタもよく知ってるやつよ」
「俺がよく知ってる・・・?」

ということは、相手は俺と杏の共通の知り合いということか。
自分で言うのも情けないが、俺はそれほど交友範囲が広いわけではない。
誰とでもすぐに打ち解ける杏と違い、俺の同性の知り合いは限られていた。
しかもその中で杏と共通の知り合いともなれば、相当絞り込むことができる。
それにもかかわらず。

「・・・すまん、誰だ?」
「呆れた。アンタ、あんだけ一緒につるんでたのに忘れちゃったの? 薄情者ね」

そこまで聞いて、ようやく思い至る。

「・・・もしかして、」
「そう、そのまさか。相手は陽平なの」

今度こそ、本当に驚いた。
しばらく口を開けたままぽかんと呆けてしまっていたことに気づいたのは、杏に頬を突かれてからだ。

「まさか、あん」

わざとひとつ大きな咳払いをしてから、言い直す。

「まさか、あの春原と結婚するとはな。正直驚いた」

思わず「あんなヘタレ」と言いそうになってしまったために慌てて言い直したのだが、その事に気づかなかったのか、それとも敢えて気づかないふりをしたのか、とにかく杏はそこには触れないまま述懐を重ねた。

「確かに、驚くの無理ないと思うわ。
 高校の頃、私たちアイツのこと、ずっと下っ端扱いしてからかってたもんね」
「いつから付き合ってたんだ?
 あいつ卒業してからは地元に戻って就職した筈だろ?」
「ほら、何年か前にさ、渚のためにみんなで一緒に卒業式やったことあるじゃない。
 あれがきっかけでさ、実はちょっとずつ連絡し合ってたのよね」
「・・・それは全く知らなかった」
「んでさ、そうやって遠距離ながらも電話したり、
 たまに一緒に遊んだりもしたんだけどね。
 この春にあいつの転勤が決まってさ。
 秋にはこっちの事業所の配属になるの。
 そんで、良い機会だし、ね」

はにかみながら馴れ初めを話す杏は、俺がよく知る快活な彼女ではなく、結婚という現実を目の前にして、希望と不安を綯(な)い交ぜにした女性の表情だった。

「どうして、春原なんだ?」

好奇心におわれて口にした疑問だったが、言ってしまってから残酷なほどの失言だったと思い至る。
しかし俺が訂正する前に、杏が質問に答え始めた。

「高校の頃のあいつってさ、普段はふざけてばかりで、
 弱いものには強くて、強いものには弱いタイプだったじゃない?
 でも今思うとさ、それもこれもひっくるめて、
 あいつは単に皆と笑って、遊んでいたかっただけなのよ」
「・・・確かにな。思い当たる節は俺にもあるよ」
「ま、単にガキだったのよね。あいつ」

確かに、と俺も同調して、二人でクスクスと笑いあう。

「陽平ってさ、優しいのよ」

棚の商品に視線を移して、続ける。

「特にね、傷ついたり、悩んだりしてるときにはさ、
 そういう空気に対して凄く敏感なの。
 こっちはそんな事おくびにも出してないつもりなのに、
 私以上に辛そうな顔して、どうしたんだ、て聞いてくるの」

杏が浮かべる表情は、周囲を巻き込む蛍光灯のような笑顔ではなく、ほんのりと夜を照らす常夜灯のような微笑だった。

「ま、確かにちょっと頼りない所はあるけどね。
 でも、私ってこんな性格だからさ。
 だから陽平くらい優しく気遣ってくれる人くらいが丁度良いのかな、て。
 そう思うわけよ」

そこで、杏は言葉を切った。
一通りの話が終わったことを察した俺は、籠に杏が指定した菓子を放り込む。

「もしかして、買ってくれるの? このお菓子」
「ああ、これくらいなら良いぜ」
「え、嘘? マジで? 冗談で言っただけなのに」
「俺からの御祝儀だ」
「安っ!」
「冗談だよ。本物はちゃんと渡す。とりあえず今日は、まぁ、前祝ってことで」
「何だ、どうせ買ってくれるなら、もっと高いお菓子をねだれば良かった」
「まぁコンビニにあるようなお菓子なら、
 どれも高が知れてるから何でも良いけどな」

確かにね、と杏は笑う。

「でも、ありがと」
「いいさ、これくらい」

会計を済ませ、俺たちは一緒に店を出た。そして別れ際で。

「なぁ、杏」

彼女が振り返る。

「結婚、おめでとう」
「うん、ありがとう!」

満面の笑顔で応える杏。
その祝福の言葉は、本来最初に告げるべきものであった筈なのに、彼女はそんなこと微塵も気にしない様子で、謝礼の言葉を返してきた。

杏と別れ、コンビニの袋を手にし、帰路に着く。
家を出た時と同様、アスファルトに視線を固めたまま足を交互に繰り出す。
そうしながら先ほどの会話を思い出していた。

『そう、そのまさか。相手は陽平なの』
『陽平ってさ、優しいのよ』
『だから陽平くらい優しく気遣ってくれる人くらいが丁度良いのかな、て。
 そう思うわけよ』

高校の頃、俺も杏も春原のことは苗字で呼んでいた。
だが今のあいつは、春原のことを『陽平』と名前で呼んでいる。
それがそのまま、杏と春原の絆の深さに直結しているような気がした。

杏に恋心を抱いていたわけでもないし、春原に対抗意識を燃やしていたわけでもない。
だがそれでも二人の親友がいっぺんに手の届かない所へ行ってしまった気がして、霧のような疎外感が胸の中で立ち込めていた。

みんな、変わっていく。
街も、友人も、変わらないと思っていたものが、俺の知らないところで、少しずつ、しかし着実に変わっている。

それは当たり前のことだ。
人が生活している限り街は変わり続けるし、人が生きている限り絆の強さや形も変わっていく。
それが思春期めいたセンチメンタルな感傷であると自嘲するも、それでも変わっていく様々なものに対して、郷愁の念を覚えずにはいられなかった。

そう考えてしまうのはきっと、俺が何も変われていないからだ。
俺の心が、渚と汐を心から愛していたあの頃から、何も変わらず、成長できていないからだ。
変われていないからこそ、変わり続けるものにどうしようもない憧憬を抱いてしまう。

頬に当たる空気が心なしか冷たくなったような気がした。
見上げてみれば、いつの間にか空は分厚い灰色の雲に覆われている。
これはきっと一雨くるだろうと予想し、同時に明日の仕事に影響はないだろうかという懸念にまで至ったのは、もはや職業病といって差し支えないだろう。

(天気といえば、仕事か)

天気に直接左右される仕事に従事しているとはいえ、無意識にそれらを直結させてしまう自身の思考に、日々の生活が如何に空虚なものとなっているかを思い知らされた気分だった。
心に立ち込める灰色の感情を置き捨てるため、俺は歩行のペースを少しだけ上げてみた。
結局、雨は降らなかった。


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