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CLANNAD SS「夕凪の声」#03/06

#03





それから数年が過ぎた。
立ち並ぶ家々は更にその数を増やし、それに反比例して空き地はその数を減らし、街の密度は濃くなる一方だった。
人が増え、家が増え、車が増えた。
それだけで、街の空気が心なしか薄くなったような気がしてしまう。
朝の雑踏も、昼の人ごみも、夜のざわめきも、見知らぬ人の数が多くなりすぎて、見知った場所を蹂躙されていくような錯覚まで覚えた。
駅前には背の高いビルが建設され、さらにもう一棟が工事中となっている。

ことみが愛用していた数軒の本屋は姿を消し、それを補って余りある程の大きな書店がビル内でオープンした。
風子に誕生日セットを買ってやったあの小さな玩具屋もシャッターを閉めてしまい、隣駅に全国チェーンの巨大な玩具屋がオープンしている。
そして渚と出会ったあの坂道も、桜は全て伐採され、代わりに高層マンションが建てられた。
着工を知らせる看板が坂道に立てられた日、智代が寂しそうに桜を見つめていたのが印象的だった。

日常はあの頃から何も変わっていない。
変わっていない筈なのに、俺が良く知るあの頃の街の面影が、波にさらわれる砂城のように、少しずつ形と様相を削られていた。

そんなある日のことだ。
早春を向かえ、寒さが緩み始めた頃。
いつも通り事務所の扉をくぐり、作業着へ着替えようとしたところで、先に出勤していた芳野さんたちが談話しているところに出くわした。

「おはようございます」

そんないつもの朝の挨拶のあと、芳野さんが話しかけてきた。

「岡崎、明日はヒマか?」
「ええ、明日は日曜ですし、特に予定は何も入ってませんが、どうしてですか?」

しかし俺の疑問に答えたのは所長だった。

「いやね、明日は風子ちゃんの卒業式なんだよ。
 君も知っての通り、あの子は凄く苦労して高校に通っていただろ?
 だから卒業式には、ぜひ皆でお祝いしたくてね」

そう、確かに風子は普通の女の子が経験しなくともよい苦労をずっと味わっていた。
高校に入学した直後に交通事故で意識を失い、数年後に奇跡的に回復。
その後大変な苦労を伴いながらリハビリに励み、そして本人の強い希望で高校復学を果たしたのだ。

本来の年齢を考えれば、彼女は大学を卒業し、就職して数年が経過していてもおかしくない年齢である。
その風子が高校に通いたいといい始めたとき、当然みんな反対した。
わざわざ高校に通わずとも、もっと効率的な方法があると。
高校卒業資格が欲しいならば、大検を受けるのもひとつの手だと。
それならば勉強は公子さんに見てもらえるし、暇そうな幸村を呼んでも構わない。

しかし、風子はそれらの提案を拒否した。
あくまで彼女は「学校に通う」ことに拘り、譲ろうとはしなかった。
結局最終的には、芳野さんと公子さんが折れる形で、風子の高校復学が認められた。
最初のうちは、周囲の予想通り、風子の高校生活はうまくいっていない様子だった。
当時の風子は「心配しなくて良い」としきりに口にしていたが、それが強がりであることは筒抜けだった。

やはり、二十歳を過ぎた大人が高校を一年生からやり直そうとすれば、そこには大きな歪が生まれてしまうものなのだ。
いくら風子の容姿が幼いとはいえ、周囲の彼女への態度は腫れ物に触るようなものだったろうし、一年生として入学したとはいえ中学からの知り合い同士でグループを固められてしまえば、知り合いが皆無のクラスにおける孤独感は、想像に難しくない。
それに風子は元々友人を作るのが苦手だったし、クラスメイトとの会話もどこか空回りしていたことだろう。

それでも家に帰ってくれば、風子はいつも笑顔を浮かべ、学校での辛苦を公子さんたちに話すことはなかったという。
しかしたまに通学途中の風子とすれ違うとき、表情に浮かべられた陰鬱のそれを見る度、風子の学校生活が決して楽しいものではないことを思い知らされたものだ。

そんな彼女の転機は、夏休み明けに訪れた。
風子を元気付けるために公子さんが作った、小さなヒトデのストラップ。
それは星型の布に綿を詰めて紐を通しただけの簡素なものだったが、それは風子の大のお気に入りとなった。
買ってもらったばかりの携帯電話にヒトデを通し、家族以外からかかってくる事の無い携帯電話も、そのストラップを弄るだけで幸せな気分になれたと、風子はよく言っていた。

そして二学期が始まってから数日後の、とある休み時間。
そのときも風子はヒトデのストラップを掌で弄びながら時間を潰していた。

「ねぇ伊吹さん、そのストラップ手作りなの?」

そう元気に話しかけてきたのは、隣の席の矢麻本さんだった。
矢麻本さんとは班の共同作業などで会話をしたことはあっても、このようなプライベートに関する会話を交わしたことはなかったという。
しばしきょとんと呆ける風子に構わず、矢麻本さんは言葉を続ける。

「それ、凄く可愛いね」

その一言が決定的となった。
それだけで風子の警戒心はいっぺんに解け、代わりにもたらされたのは友愛の親近感だった。

その日の夜。
風子はそのときの様子を、とても楽しげに、満面の笑顔で、饒舌に語ってみせた。
ところどころつっかえながらも、持てる限りの語彙と表現で、言葉に出来ないもどかしさは身振り手振りで補いつつ、まるで子供とじゃれる子犬のような落ち着きの無さで、そのときの喜びを全力で伝えて見せた。
矢麻本さんの人柄、ストラップが星ではなくヒトデであると訂正したときの驚いた顔、しかしすぐに「それはそれで可愛い」と同調してくれて、それが凄く嬉しかったこと、矢麻本さんの友達の高梁さんともすぐに仲良くなれたこと、などなど。

新しく出来た素敵な友達の話題は尽きることなく、次から次へと湧いてきて、それに相槌を打ちながら聞いていた公子さんは、結局深夜2時頃まで付き合わされたという。
芳野さんも少々寝不足気味だったが、それでもその表情はとても軽やかなものになっていた気がする。

「あんなに良い子がさ、こんなに大変な苦労をしたんだもの。
 卒業はぜひ一緒に祝わせて欲しいよね」

所長が感慨深げに告げる。
実は所長も風子には何度か会ったことがあった。
いや、それを言うならば、この事務所に勤務している人間は皆風子と面識があった。
例えば芳野さんが忘れ物をするとき、決まって事務所まで弁当を届けてくるのが風子だったからだ。
風子の幸薄い境遇もあって、彼女を知らない人間はこの事務所にはいなかった。
だが当の風子は人見知りする性格のため、この事務所で風子を知らない人間はいなくとも、決して深い親交があったわけでもなかった。
声をかければ挨拶くらいは返してくるが、それ以上の世間話にまで発展させることは、まだ風子には無理だったのだ。

そんな風子に対し、芳野さんと俺以外で唯一交流できたのが所長だった。
仲良くなったきっかけは、風子が芳野さんを訪ねて事務所に訪れた際、所長がご褒美としてお菓子を一つまみあげたことによる。
それ以来、風子は所長にだけは心を開いている。
人との絆が生まれるきっかけに王道があるわけではないが、それでもこれほど簡単に餌付けされる事は、いささか問題だと感じてしまうのは俺だけだろうか。

「だから明日の卒業式には、ぜひ皆で参加したいと思ってね。
 岡崎君も来るだろう?」

人の良さそうな笑顔を浮かべながら所長が言う。もちろん断る理由などない。

「ええ、是非。俺なんかでよければ」
「いや、本来なら俺からお願いすることなんだ」
芳野さんが言葉をはさむ。
「そう言ってくれて助かる。
 風子はお前に懐いているからな。きっと喜んでくれるはずだ」
「あれが懐いていると言って良いんですかね?
 一方的になめられてるだけだと思いますけど」

芳野さんが、あいつなりの照れ隠しだよ、と苦笑する。

「当日は俺の娘も来るし、岡崎や所長も一緒に来てくれれば、
 風子も凄く喜んでくれると思う。
 せっかくの卒業式なんだ。笑顔で迎えられる卒業式にしてやりたいしな」

そう語る芳野さんの笑顔は、胸中の喜悦がそのまま滲み出てきたような、幸福と呼ぶに相応しいものだった。
芳野さんは風子の今までの努力を一番間近で見守ってきたのだ。
きっと心中は風子に負けないくらいの喜びに満たされていることだろう。

「そういえば、岡崎はまだ娘に会った事はないよな?」
「ええ、そうですね。生まれたばかりの頃の写真なら、
 何度か見させてもらいましたけど」
「そうか。それじゃあ明日は是非会ってやってくれ。
 あいつもきっと喜ぶと思う。」

声を弾ませながら語る芳野さんを見ていると、ああ、本当にこの人は幸せを感じているんだな、と思えてくる。
芳野さん夫妻に子供が生まれてから、彼は明らかに変わった。
それまでの彼は寡黙で、穏やかな微笑を浮かべることはあっても、今のような笑顔を人前で浮かべることはほとんどなかった。

風子が退院したばかりの頃、公園で芳野さんが風子と子供のようにじゃれあっていた場面に出くわしたことがある。
その時の芳野さんは、俺に見つかったことがわかると、何ともバツが悪そうに誤魔化そうとしていたものだ。

しかし今の彼は違う。
娘の成長も、風子との戯れも、本当に楽しそうに話す。
娘が歩き始めたときのこと。
幼稚園に入園したときのこと。
風子が妙にお姉さんぶっていること。
だけど娘はませていて、そして風子はそれにむきになって反応するものだから、どちらがお姉さんなのかわからなくなってしまうこと、など。

昼休みの食後に、朝の何気ない空き時間に、時折はさまれる家族の話。
彼は家族を得ることで、確かに変わった。
守るべきもの、守りたいと思えるものを得ることで、彼は変わったのだ。

家族。
新たな家族。
ささやかな暮らしと、それを守る喜びと、かけがえのない幸せ。
だが、俺は。

「さて、それじゃあそろそろ朝礼を始めようか」

そこまで思考を進めたところで所長の一言が挟まれ、一日の仕事が始まった。


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