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CLANNAD SS「夕凪の声」#06/06

#06





数日後。
空は快晴とまでは言わずとも、それでも灰色の雲の合間に青空が顔を覗かせる程度には晴れていた。
いまひとつ爽快と言い切れない気候に対して、視線を落とすと地上ではアセビの花が緑の葉を押しのけて咲き誇っている。
桃色の膨らみが一所に密集して咲いている様が、花の愛らしさを底上げしているように思えた。

街の様相を一望できるこの高台を以前訪れたのはいつの事だったろう。
以前訪れたのは確か汐の葬儀の折だったから、数年前になるのか。
そんなことを思い返しながら、俺は春蘭(しゅんらん)とアイリスの花束を抱えて、渚と汐が眠る霊園の門をくぐった。

固い石畳が続く道。
この道は当時から何も変わっていない。
ただ汐の葬儀のときと比べて、風の冷たさが幾分か緩くなった。
葬儀は雪の中で行われ、渚が納められた墓石にも薄い雪が積もっていたが、今この霊園を包んでいる清明の風は、冷たさの中に春の香りを孕ませた温もりを感じさせる。

石畳を歩き、砂利道を跨いで、碁盤のように整然と並べられた墓石群の間を抜けていく。
渚と汐が眠る場所は、比較的奥まった場所にあった。
その墓石には「岡崎家」と刻まれている。
卒塔婆にはありがたい戒名が記されているらしいが、俺には読むことができない。

今この墓の下には、渚と汐だけが眠っている。
父の実家がこの街から遠く離れていることもあり、渚は岡崎家の菩提寺ではなく、街の高台にあるこの霊園で眠ってもらうことになったからだ。
また早苗さんとオッサンが近くにいた方が渚も安心できるだろうとの思いがあったことも付しておく。

見ると、両脇に挿された仏花がまだ瑞々しさを失っていないことに気付いた。
中の水に指を浸し、においを確かめる。
やはり、昨日今日交換されたばかりのようだ。
周囲の雑草も綺麗に抜かれていて、他の墓と比べてもうちの墓が一番綺麗に見えた。

胸が、熱くなる。
数年間、俺がずっと避け続けてきたこのお墓を、あの人たちはずっとずっと守ってきたのだ。
俺と同じ傷を負いながらも、あの二人は現実を受け止め、そして愛娘と孫娘を守るために、ずっと。

「なんだ、珍しい客もあったもんだな」

相変わらずガラの悪い口調。
誰が来たかなんて、背後を振り返らずともわかる。

「オッサン、いつも来てくれてたんだな」
「月命日くらいはな」
そう前置いた上で続ける。
「それに俺だけじゃねえよ。早苗も一緒だ。今は管理人のところに挨拶に行ってる」

紫煙を燻(くゆ)らせながら、投げやりに突っ返してくる。
この調子は昔から変わっていない。

「・・・ようやく、吹っ切れたのか?」
「ああ、何とか。・・・こうして渚たちの墓を見ても、取り乱さない程度には」

そうかい、とだけ返して、オッサンは新たなタバコに火をつけた。

「・・・聞かないのか? 俺がここに来るようになった理由」
「聞いて欲しいのか?」
オッサンは肺の中の煙を吐き尽くしてから続けた。
「なら聞いてやる。だが聞いたところで、何も変わりはしない。
 お前が今ここに来ている事は事実だし、この数年間ずっと来なかった事も事実だ。
 その事実が変わる事は、決してない」

言葉が心にグサリと刺さる。
痛烈な皮肉だ。
しかし今の俺には、その皮肉に対してどのような言葉も返すことはできない。
俺がこれまで女々しく引きこもっていたことは事実だから。
渚と汐に会いに来てやらなかったことは、紛れもない事実だから。
それらの事実に対する皮肉は例えどのようなものであれ、受け止めきらなければならない。

俺は抱えていた花を二束に分け、二人があらかじめ活けてくれたのだろう花の隙間に挿し込んだ。
金盞花(きんせんか)と共に春蘭とアイリスが活けられ、墓が鮮やかな彩りに染め上げられる。
金盞花の黄と、春蘭の緑がかった白、そしてアイリスの青。
故人を悼むには少し派手過ぎる色合いかとも思ったが、渚が少し控えめな女の子だったことを思えば、これくらい派手に迎えてやるくらいで丁度いいだろう。

火を点けた線香を供え、祈りを捧げる。
一通りの所作を終えた所で墓前を空けるが、オッサンが動く気配はなかった。

「・・・オッサンは良いのかよ?」
「俺はもう済ませた。その花を見りゃわかるだろ。お前が来る少し前に供えたんだ」

そして帰り際、一服していたところに俺の姿を見かけたため、ここへ戻ってきたという。
ひとひらの蝶が頼りなげに墓前を横切り、春蘭の大きな葉に止まる。
そこで羽休みでもしているのだろうか、蝶はそれからしばらく動こうとしなかった。
オッサンがタバコを携帯灰皿に乱暴にねじ込み、三本目のタバコに火を点けようとしたところで。

「・・・ごめんな」
今まで、待たせちまって。

謝罪の言葉を、風に乗せた。
それきり俺は、木々のざわめきに耳を傾け続けた。
オッサンも黙って紫煙を空に泳がせている。
透明感のある静謐が胸に染み入ってくる。
そうしながら、俺は風子の卒業式の日のことを思い返していた。

俺は凪に尋ねた。

『どうして、グズグズしてるおじさんを叱ろうと思ったんだい?』

当然の疑問である。
全く見ず知らずのおじさんに対する行動としては、少し度胸が据わりすぎている向きがあったし、もし今のうちに直せる性格ならばぜひ直しておくべきだという思いもあった。
その疑問に対する凪の回答は、明快だった。

『今日は風子お姉ちゃんの大切な卒業式なのに、
 いつまでもグータラと眠りこけているおじさんを、
 たたき起こしてやるつもりだったの!』

重ねて汐のことについて知っているのかも尋ねてみたが、それについては首を振った。
どうやら本当に汐の詳細については聞かされておらず、純粋に『大好きな風子お姉ちゃんのために』取った行動らしい。
半ば呆れながら、その行動の突飛さについて注意しておこうと考えたとき。
絶妙のタイミングで凪が口を開いた。

『でもおじさんは素直に謝ったから、許してあげるよ』

何ら悪びれることなく、稚気に塗れた笑顔でそう言われてしまえば、注意する気だって起きはしない。
年の割りにませているとは芳野さんから聞かされていたが、もし自分の笑顔の価値と効果を認識した上での行為だとすれば、それはませていると言うよりも賢(さか)しいと言えるレベルだろう。

でも。
そんな聡いあの子の賢しさがあったからこそ、いま俺はこうして渚と汐の前に立つ事が出来ている。
あの子の言葉が、小さな体が、撫でてくれた手の温もりが、凝り固まっていた悲哀と未練を力強く解いてくれたのだ。
例え本人は意図していなくても、それでも凪の本質をついた言葉が、俺の止まっていた時間を動かしてくれた。
その力は少し強引だったけど、それでも俺にとってはその強引さこそが必要だった。

それまで、誰もが俺に同情の言葉と視線しか送ってこなかった。
早苗さんはただ俺の体を心配し、あの杏ですら痛々しく過去を追想するだけだった。
そこへ差し伸べられた、凪の小さな手。
それは蜘蛛の糸のようにか細い腕だったけど、麻縄のような荒々しさと力強さで俺を引き寄せた。
寂寥という急流にただ翻弄され、孤独の滝壺へ叩き落されるのを待つだけだった俺を、凪が救ってくれたのだ。

「オッサンたちは、凄いよな」
「何だよ、藪から棒に」

オッサンの目は不審げな色を隠そうともしていない。
しかし俺は気にせず続けた。

「俺は渚と汐を喪った。
 これはオッサンや早苗さんにとっても同じ現実なのに、
 二人ともしっかり地に足着いた生活を送ってるもんな。
 俺はずっと渚と汐の思い出にすがり付いて、ずっとあいつらの面影を追いかけて、
 街から思い出のカケラが消えていく度に意固地になって・・・。
 まったく、あの子に一括されるまで、
 俺は自分の情けなさに気付くことすらできなかった」

最後は自嘲気味に笑ってみせた。しかしそれも風にかき消される。

「俺にとって、渚と汐は妻と娘だ。
 でもオッサンにとっては、娘と孫娘だ。
 過ごしてきた時間で言えば、俺よりもずっと長い時間を共にしてきた筈なのに」
オッサンはすげぇよ。

何の皮肉も無く、素直に吐き出せた。
世の中を恨むことなく、隣人を妬むことなく、街の灯火に僻むことなく。
二人は力強く、着実な生活を歩んでいた。
その精神的強さに、素直な尊敬を抱くことができた。

「まあ、確かにお前がこの素晴らしいお義父様を
 尊敬する気持ちはわからんでもない」

その前置きがただの照れ隠しと分かっていたので、茶々を入れずに黙って聞く。

「だが、お前が言うほど俺たちは立派な人間なんかじゃねぇよ」
紫煙をゆっくりと吐き出す。
「早苗は俺がずっと支えていたし、
 俺の隣にはいつでも早苗がいてくれた。
 だが、お前には渚がいなかった。
 支え合う筈の存在がいなかった」
ただ、それだけの違いなんだよ。

そう締め括って、タバコの煙を吸い込む。
先端がじんわりと赤く染まった。 

「なぁ、朋也」
オッサンが三本目のタバコを携帯灰皿に捻じ込みながら言う。
「お前、再婚はしないのか?」

風に舞う落ち葉がカサリと音を立てた。

「渚のために臥していたことは、感謝している。
 そこまで渚の事を想ってくれていたわけだからな。
 だが、もう渚はいない。
 いくら悲しんでも、いくら喪に服しても、渚が帰ってくることはないんだ」
残酷なようだが、それが現実だ。

オッサンはそこでひとつ大きなため息をついて、なお続けた。

「だが、お前は生きている。
 まだまだ長い人生を歩む必要がある。
 渚とは別の、新しい伴侶を見つけることは、
 決して渚を裏切ることにはならない」

そこまで言ってから、新しいタバコを取り出す。これで4本目だ。

「オッサン」
俺は口を挟む。
「タバコ、そろそろ控えた方が良いぜ。
 肺がんになって一番悲しむのは、早苗さんだからな?」

ぐ、と息を飲み込み、大人しくタバコをしまう。
その際に、生意気な野郎だ、という捨て台詞を忘れないあたり、流石はオッサンだ。

「心遣い、ありがとな」

俺は渚の墓石に視線を留めながら続ける。

「でも、再婚するつもりは全然ないんだ。
 別に渚に義理立てしてるわけじゃないし、
 オッサンや早苗さんに遠慮してるってわけでもない。
 ただ、俺にとって渚は特別なんだ。
 単に俺のことを理解してくれたとか、
 俺を受け入れてくれたとか、
 そんなレベルの話じゃないんだよ」

オッサンの視線が俺に問いかけているのが見えた。

「あんなに良い女を知っちまったら、他の女なんか食指も動かねえよ」

呆気に取られたような表情を浮かべたのも束の間、オッサンはすぐにいつもの不適な笑みを取り戻した。

「当たり前だ。
 そんじゃそこらの青臭い娘っ子と一緒にすんじゃねえ。
 何せ渚は俺の娘だからな」
「オッサンと早苗さんの、だろ?」
「うるせえ、つべこべ言うな」

一陣の風が吹き抜けていく。
色とりどりの花を身につけた木々が、少しざわめいた。

「良いのか、それで」
お前はそれで良いのか、と。オッサンが問いかけてくる。

「良いも何も、俺にはそれ以外の選択肢がないのさ。
 それ以上でも以下でもない。それに、さ」
幸せを願うことができる人間がいれば、決して寂しくはないもんだぜ?

その俺の言葉に対し、そういうもんか、と半ば諦めたように視線を外した。

「それにしても早苗のやつ遅ぇな。ちっと様子見てくるわ」

そう言って、さっさと踵を管理人室へ向けてしまう。
別れの挨拶もなしかと驚いたが、とにかくこちらから切り出した。

「じゃあな、オッサン。また店に寄らせてもらうよ」
「はぁ? お前なに言ってんだ?」
その目は、本気で不審を感じている様子だった。
「俺は早苗をつかまえたら待合室でちっと休んでっから、
 お前は渚との挨拶が済んだらそこへ来い」

そう言い捨てて、さっさと歩を進めてしまう。
ああ、そうだった。
この家族はこういう人たちだったのだ。
例え何年も交流がなくとも、一度会えば昨日も会ったかのように振る舞い、接するのだ。
例えそれが旧知の友人でも、隣人でも、そして家族であればより当然のように。

俺はオッサンの背中を見送ってから、改めて渚に向き直った。
(・・・なぁ、渚)
心の中で語りかける。
(俺、あの子の幸せを願っても良いかな?)
俺を孤独の環から救い出してくれた、あの少女。
己の憐憫にしか目を向けず、地に足着いて人生を歩むことを忘れた俺に、一括してくれた少女の幸せを。

凪には、芳野さんという尊敬できる父親がいる。
公子さんという綺麗な母親がいる。
少し頼りないけど、誰よりも家族のために頑張れる風子という叔母がいる。
そこに、俺なんかが入る余地は無い。
俺なんかがいなくとも、凪は充分に幸せな人生を歩むことができるだろう。

だけど。

何の見返りも求めず、ただ純粋に凪の幸せを願える人間がもう一人増えても、決して罰はあたらないよな。

(だからさ、渚。俺は、凪の幸せを願ってあげたいと思うんだ。
 ただ純粋に、あいつの幸せを願ってやりたい。
 それは父性愛と呼び変えても良い。
 それを、凪に注ぎたいと思うんだ。
 だけど、それは決してお前たちのことを忘れたわけじゃない。
 俺は渚のことも、汐のことも、愛している。
 今までも、そしてこれからもずっと愛し続ける。
 だけど、これからはお前たちのために涙を流したりはしない。
 お前たちのために涙を流すことは、過去の思い出に縛られて、
 在りし日の温もりに心を委ねてる事に他ならないから。
 だから、俺はお前たちのために涙を流すことはもうしない。
 愛しているけど、もう泣いたりはしない)

トンビの鳴き声がどこかから聞こえてくる。
見上げると、遥か上空を、両翼を広げて、優雅に旋回している姿が見えた。

(なあ、渚、汐。
 凪は元気な女の子だから、汐を追い越すのは時間の問題だ。
 きっと渚を追い越す日も来るだろう。
 そして愛する人と結ばれて、幸せな天寿を全うすることになると思う。
 こんなことを言うのは残酷だけど、夭逝(ようせい)してしまったお前たちより、
 あの子が手にする幸せの方が多いことだろう)

不意に、涙の幕が瞳を覆った。
泣かないと誓った傍からこれでは格好がつかない。
俺は涙を零さないように、鼻をすすり、空を見上げる。
いつの間にか雲は薄くなり、青空の占有率が上がっていた。

(それでも俺は、あの子の幸せを願ってやろうと思う。
 まあ、渚の許しを請うたりはしないけどな。
 許しを請うことは、許されない可能性があるから請うんだ。
 だけど、俺は知ってる。
 渚が、公子さんの娘の幸せを、風子の姪の幸せを願わないなんてこと、
 あるわけがないってことを)

空に向かって、大きく息を吐いた。
そして視線を渚と汐の墓に戻す。
もう涙は出なかった。

(俺も、いつかはそちらへいく日が来る。
 それが十年後か、二十年後かはわからない。
 もしかしたら明日なんてこともあり得る。
 だからそんな日が来てもさ、俺を快く迎え入れてくれよな)

風に揺られていた線香の煙も消え、風の冷たさだけをその身に実感し始めたころ。

「それまで、二人とも仲良くしてろよ」

最後の想いだけ、言葉に乗せた。

傍から見れば、誰もが俺の人生に意味を見出せないことだろう。
己の妻を亡くし、忘れ形見となった娘をも亡くし、孤独の身となった男の人生。

だが。

俺は、俺自身は、自分自身の人生を、通り一遍等の幸せと同列に考えることを止めた。
なぜなら、幸福とは呼べぬ幸せがあることを信じているから。
叶う恋ばかりが恋ではないように、ただ老いさらばえて枯れてゆくだけの人生にも、きっと意味はある。
こうして残されているなりの意味が。

その意味が、凪の幸せを願うことだと直結させるつもりはないが、それでもその何かしらの意味が、明日を生きる活力に繋がることだけは信じている。

清明の風はいまだ冷たさを身に纏い、霊園の上をするりと抜けていく。
それに合わせて、落ち葉が足元で溜まっていた。

「・・・また、来るよ」

呟いて、アイリスを指でそっと撫ぜる。
足元で渦巻く落ち葉の乾いた音が、渚と汐の笑いさざめく声のように聞こえた。


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