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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第五章~涕涙~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月九日(土)[1]


時刻は朝の八時。





クリブトン社ヒューマノイドテクノロジー開発センターの一室で、

熊ヶ谷は懸命にキーボードを叩いていた。

彼の前には二台のディスプレイが置かれ、右の台にはハードウェアの解析ログが、

左の台には管理者からの命令を待機するプロンプト画面が出力されている。





熊ヶ谷は愛用のマグカップ(愛らしいキャラクターがプリントされている)に

注がれたコーヒーを一口飲んで、改めてハードウェアログを睨んだ。

そこには八桁の十六進数が時系列順に整然と並べられ、

それらひとつひとつがシステムの先に繋げられたアンドロイドの状態を詳細に表示している。

まさしく情報の嵐とも呼べるそのログデータは、

常人にとっては理解しがたい乱数列としか映らないが、

情動プログラム開発グループのリーダーである熊ヶ谷にとって

それらは慣れ親しんだ言語のように様々な情報を彼へ伝えていた。





熊ヶ谷は解析結果を元に新たな方策を立てて別の切り口から解決を試みる。

キーボードは休むことなく打ち続けられ、

中央のディスプレイにはコマンドが滝のように流れていく。

そして熊ヶ谷が力強くエンターキーを押下してから五分後、

右のディスプレイに表示されたのはFata Errorの文字。



(また、このエラーか)



独りごちる。





はあ、と大きなため息をついて背もたれに体を預ける。

そのまま背筋を伸ばし、ぐいと体全体で伸びをした。

節々でパキポキと骨が鳴り、いかに運動不足かを思い知らされる。





熊ヶ谷は視線をずらし、ガラスの壁の向こうに広がる精密実験室の様子を見た。

そこには無数のコードに接続され、

一糸まとわぬ姿で椅子に横たえられたアンドロイドの少女がいる。

少女の名は〈初音ミク〉。

一週間前に死亡事故を引き起こし、

以来オーティズムモードに移行したままフリーズしてしまったアンドロイドだ。





その事故はアンドロイドが関与した初めての死亡事故ということもあって、

〈初音ミク〉の名を衝撃と不安を伴いながら全国に轟かせた。

マスコミ各社は、その死亡事故は

アンドロイドという人工知能が持ち合わせる人間への〈敵意〉によって

引き起こされたのだと騒ぎ立て、

人々の不安を煽りつつ関心を引くような主張を繰り返していたのである。





その偏向報道は、元々目撃者が『アンドロイドと被害者が口論しており、

アンドロイドが彼女を階段から突き落としたように見えた』と証言したことに端を発しており、

アンドロイドの視覚ログから厳密な解析を経て得られた結論ではない。

言うなればそれはまったく正確性に欠ける報道であり、

クリブトン社製アンドロイドを不当に貶めるものであった。

クリブトン社は懸命に報道内容の不確実性を主張していたが、

しかしクリブトン社においても正確な情報を持ち得ておらず、

曖昧なコメントしか出すことができなかったため、

結局世間における誤った認識『アンドロイドは危険な因子を含んでいる』という偏見を

拭い去ることはできなかった。





現在〈初音ミク〉が陥っているオーティズムモードとは、

アンドロイドが他者とのコミュニケーションを完全に断絶してしまう状態のことを指す。

そしてこのオーティズムモードに移行してしまったら最後、

二度とアンドロイドを正常な状態で起動することはできない。

それは取りも直さずあらゆるデータ――視覚データを始め、情動ログや姿勢制御ログなど――を

取り出すことができないということでもある。

つまりミクの正確な記憶データを抽出するためには、

まずミクをオーティズムモードから目覚めさせなければいけないのだ。



初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月九日[2]へ
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