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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第五章~涕涙~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月九日(土)[4]


その日、星登はセミの鳴く声で目を覚ました。

窓から差し込む日光は強烈な熱量を伴いながら部屋を蹂躙している。

同時に微かな風がカーテンを緩やかに揺らめかせるものの、

この暴力的な暑さをやわらげてくれるほどではなかった。





休日なのでもう少し朝寝坊を楽しみたかったが、この暑さの中ではそれすらままならない。

諦めてむくりと上半身を起こす星登。

自分の寝汗でシャツが背中にくっついて不快なことこの上ない。

星登は乱暴にシャツを脱いで洗濯かごへ放り込む。

しかしかごは洗濯物で既にいっぱいだった。



(……いつの間にこんなに洗濯物が溜まってしまったんだ?)



そうして思いを巡らせるうち、

ミクが倒れてしまってから一度も洗濯をしていなかったことに気がついた。





はあ、と大きなため息をつく。





外はまさしく快晴だ。

洗濯をするならこれほど気持ちの良い日もない。





だが星登はどうしてもそれを行動に移すことができなかった。

洗濯というもっとも基本的な家事すら放棄してしまうほど、

星登にあっては灰色の無気力感に足を絡め取られてしまっていた。





凜奈の葬儀を終えてからというもの、星登は日常生活というものに対して、

無為で非生産的な時間を過ごすことしかできずにいた。

遂に共に暮らすことのなかった新妻を亡くし、

日々の生活を共に過ごしたアンドロイドの少女をも失った。

それらの現実は星登に無尽蔵の寂寥をもたらし、

気力と呼ばれるものを根こそぎ奪い取ってしまった。





この一週間で星登を襲った現実とは、何も凜奈の葬儀やミクの事故だけではない。

何よりも星登の精神を削り取っていたのは、マスコミ各社からの執拗な取材攻勢であった。

『新妻をアンドロイドに殺された夫』

というキーワードはマスコミにとって非常に魅力的に映ったらしく、

凜奈の病院を訪れた時も、彼女の実家で行われた葬儀の際にも、

ミクの回収のためにクリブトン社で立ち会ったときにも、

それどころか星登の職場においてさえ、

マスコミはカメラとICレコーダーを持って襲いかかってきた。





アンドロイドが社会に浸透している現状についてどう思いますか。

アンドロイド事件被害者の遺族としてアンドロイド利用者に何か一言お願いします。

これほど危険なアンドロイドを今後も使っていこうと思いますか。

奥様が事件に巻き込まれたことについてコメントをお願いします。

アンドロイドを購入したときにはこのような事件を想定していましたか。

アンドロイドは事件前に殺人をほのめかすような言動をしていませんでしたか。





彼らから浴びせかけられる怒濤のような言葉の刃が、

現状を受け止めきれずにいる星登の弱い心を着実に蝕んでいった。

星登は凜奈とミクの不仲を以前から感じ取ってはいたが、

しかしあのミクが凜奈を階段から突き落とすような兇行に至るなどとても思えなかった。

だからこれはきっと不幸な事故だったのだと考える一方で、

しかしその推論を保証してくれる証拠がどこにもないという現実が、

星登の精神を著しく消耗させるのだ。





自分はミクの『ココロ』を信じてやれなかった。





自分はミクが一番辛いときに傍にいてやれなかった。





ミクの『ココロ』を信じ切れず、ゆえにミクの想いも信じられなくて、

だから自分に確かな想いを寄せてくれる凜奈へと心を移ろわせて、そして彼女を愛した。





そんな自分の優柔不断な行動が、ミクを絶望の淵へと追い込んでしまったのだとしたら……。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月九日[5]へ

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