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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第五章~涕涙~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月九日(土)[5]


だが、今さら後悔したところでもう遅い。





凜奈は死んでしまった。

彼女が帰ってくることはもうない。





ミクはクリブトン社へ回収された。

警察の証拠物件でもあるし、

もしかすれば彼女が以前の状態で帰ってくることはないかもしれない。





ぎり、と歯ぎしりをする。

ぶつけようのない苛立ちを必死で抑えて、自責の嵐が過ぎ去るのをじっと待つ。





そうするうちに、ふと、視界に飛び込んできた物があった。





それは、かつてミクが種を植え育てた花だった。





ミクがいなくなってからもなお窓際に置かれたその鉢を、そっと手に取る。

花はとうにしおれて、世話もしなかったせいか見る影も無いほど枯れ朽ちている。





ミクが帰ってきてこの花を見たらさぞや悲しむだろうという感傷に浸っているうち、

ふいに、かつて彼女が愛した階下の庭に下りてみたくなった。





衝動に身を任せて、星登は数ヶ月ぶりに庭へと足を踏み入れた。

そんな彼を迎えるのは、多様な色彩に恵まれた夏花壇だ。

降り注ぐ強烈な太陽光の下で、己の生命を謳歌するかのごとく誇らしげに咲く花々。

ミクが愛した花たちは、今もなお尽きることのない命脈としてそこに咲き続けていた。

それは思わず目を細めたくなるほどの色彩に満ちて、

それがそのまま生命力に直結するかのような瑞々しさに溢れている。



「おや、もしかして緒方さんかい?」





庭の入り口から声をかけてきたのは、大家の望月文代だ。

どうやら庭の手入れに来たらしい。



「大家さん、おはようございます……というには、少し遅い時間ですかね」





時刻はすでに午前十時を過ぎている。

文代はからからと笑っていらえを返した。



「そうだね、おはよう。

それよりも珍しいね、緒方さんがここにくるなんて」



「ええ、部屋にいたら何となくここに下りてみたくなりまして……」





文代は物置に置いてあったじょうろを手に取り、

庭の端に設置された水道でじょうろに水を入れて、

それからじっくりと花に水を振りかけていった。

それを何度も何度もくり返す。

アパートの庭は広く、花もふんだんに植えられているため、

水道と花壇の間を幾たびも往復しなければならなかった。



「大変ですね、水やりひとつとっても、こんなに手間暇をかけなければいけないなんて」



「今日はそれでも簡単な方なんだよ。

 昨日は水やりだけでなく追肥と草取りもしたから、それに比べれば今日の作業は楽なもんさね」





そう語る文代の表情はあくまで楽しげだ。

午前中とはいえ、この時間になれば太陽の熱はいっそうの激しさを帯び始める。

炎天下での作業は老体にはさぞ辛かろうとの思いを抱くものの、

しかし文代の朗らかで生気溢れる表情を見ると、

それは杞憂に過ぎないことを思い知らされた。





温水に浸されたような夏の空気と、蝉時雨がいんいんと降り注ぐ中で、

星登は何をするでもなしに、ただ文代の所作を眺め続けていた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月九日[6]へ

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