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初音ミクSS「君の心は、そこにある」第五章~涕涙~

正徳二十年(西暦二〇〇八年)八月九日(土)[9]




星登は剣持と名乗る男を部屋に招き入れて、彼の話を聞くことにした。

そしてそこで話された内容は、他ならぬミク本人に関するものであった。





話はミクを取り巻く現状とその問題点の説明から始まった。

マスコミの報道――すなわち、ミクが凜奈を殺害したかのような偏向的報道――は

すべてが憶測に過ぎないこと。

そしてクリブトン社においても事故の真相を解明すべくミクの記憶の抽出を試みているが、

この一週間まったく結果を出せていないこと。

それはミクが植物状態にも近い『オーティズムモード』へと移行してしまったがゆえに、

こちらからの呼びかけにまったく応じなくなってしまったためであること。

つまりミクの無実を証明するためにはミク自身の記憶を抽出する必要があり、

それにはまずミクを目覚めさせなければいけないこと。





これらの説明を終えたところで、いよいよ剣持は星登へ相談の内容を打ち明けて協力を仰いだ。





それを聞いた星登はしばし唖然としてしまう。

剣持の協力要請はまさしく『藁をも掴む』ほどに追い詰められた人間の

苦渋の判断としか思えなかった。

その内容はあまりに荒唐無稽で、

事前にクリブトン社の名刺を見せてもらっていなければ

最後まで話を聞く気になどなれなかったかもしれない。





しかし星登は決断した。

例えその手段がいかに滑稽であったとしても、

それがミクを救う最後の手段であるならば迷う理由などひとつとしてなかった。



「わかりました。それでミクを目覚めさせられて、

 しかも彼女の無実を証明できるのであれば、喜んで協力させていただきます」





しかしそれに対する剣持のいらえは、あくまで冷静なものであった。



「誤解しないでいただきたいのは、私たちの目的はあの事件の真相を解明することです。

 つまり、『〈初音ミク〉は本当に殺意をもって事件を引き起こしたのか否か』、

 それを調べるために彼女の目を覚まさせようとしているのです」





そう語る剣持の瞳にはあくまで冷然とした光が宿されている。





だが星登においては、その言葉にこそ剣持が抱くミクへの愛情の

すべてが込められているように思えてならなかった。

どのような私情も挟まず、ただ事件の真相のみを追求する。

そうしてミクの行いが白日の下にさらされたとき、

たとえそれが罪業と呼ばれる類の行いであったとしても、

その事実をまるごと受け入れるだけの覚悟。

強靱とすら呼べる剣持の心魂のすべてが、

短い言葉の中に潤沢に含まれているように感じた。



「緒方さん、早速で恐縮ですが、クリブトンの開発センターへご同行願えますか?

 実はすぐそばにタクシーを待たせているんです」





剣持に促されるまま星登は部屋を出る。





そして階段を下りたところに文代が立っていた。



「緒方さん、ちょいとお待ちよ」

そう呼びかける文代。

「あんた、今からどこへ行くんだい?

 ……やっぱり、ミクちゃんのところへ行くんだろう?」





クリブトン社の人間が星登の自宅を訪ねたという時点で、

文代は大まかな事情を察していたに違いない。





星登は隠す必要もなかったため、文代の問いに首肯で答えて見せた。



「……そうかい。それなら、最後にひとつだけ言わせておくれ」





文代は気を鎮めるようにひとつ大きく息を吸いこんでから告げた。



「緒方さん、あんたはね、二人の女の心を裏切ったんだ。そのことは自覚しているかい?」



「……はい」





掠れ声ながらもようやくそれだけ口にする。



「ミクちゃんの心を無視することで彼女を傷つけて、

 それどころか結婚したにも関わらず

 ミクちゃんに惹かれ続けたことで奥さんの信頼まで裏切った。

 ねえ緒方さん、あんたがさっき話してくれたことは、

 あんたを不義理で優柔不断な男に見せることはあっても、

 あんたを好く見せるような内容では決してなかったよ」





文代の言葉は星登の胸で痛切に響き続ける。



「そんなあんたが、これからミクちゃんを迎えに行くっていうんだ。

 裏切って深く傷つけたミクちゃんを今さら迎えに行こうとしてるんだ。

 だからね、その裏切ったという事実を罪としてずっと背負いな。

 そうやってミクちゃんに後ろめたい気持ちを抱えたまま、一生をかけて彼女に償っていくんだ。

 緒方さんが犯した過ちは、

 間違いなく一人の女の心を深く深く傷つけたということを自覚して、

 そのうえでもうこれからは決して間違えないと、裏切らないと、誓うんだ。

 誰でもないミクちゃんに対してね」





星登は文代の言葉をしっかと魂に刻み込んで、そして頷いて見せた。

その表情には迷いもためらいも全てが洗い流されて、ただ毅然とした意志そのものが逞しく浮かべられていた。


初音ミクSS「君の心は、そこにある」八月九日[10]へ

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