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可能性の収束に挑んだ少女の物語「紫色のクオリア」


紫色のクオリア (電撃文庫)紫色のクオリア (電撃文庫)
(2009/07/10)
うえお 久光

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紫色のクオリアを読み終えた。圧倒された。ただひたすら圧倒された。

第1章の序盤を読んでいるときは、
「すべての生き物がロボットに見える不思議ちゃんをコミカルに愛でるお気楽ラノベ」
みたいな、そんな風に捉えていたのですが、
しかし100ページ越えた当たりからぎゃああああああああああああああああ!
と裏切られてしまう展開のオンパレード。

ありとあらゆる可能性に挑み、可能な限りの手段をすべて試し、
利用できるものはすべて利用しつくしていく学の哀しい姿勢が、
物語を業の深い闇の底へとずぶずぶとひきこんでいきます。
その様がえぐいくらいどろどろに描かれていて、
読んでるこっちが深淵に引きずり込まれそうになっていくのです。

そして終盤のスピード感たるや、筆舌に尽くしがたし!
学の目標も、彼女が目指した到達点も、
100億年という想像すらできない時間を越えて達した境地すら、
ゆかりを前にして打ち砕かれてしまうというあの絶望。
このクライマックスで涙しないやつは人間じゃない間違いなく。


そして迎えるエピローグ。
もはやそこに絶望は無く、しかし輝くような未来すらない、
未だ確定されないあやふやな波束のみがたゆたっているだけという
「当たり前の日常」をもって締めくくられます。

しかしこの途方も無い物語を体感した読者であれば誰もが理解できることでしょう。
その「当たり前」こそがあまりにも愛おしいことに。

ずっと求めて、ずっと手に入れたくて、
そうしてようやくその手で抱きしめられるところにまで追いつけたあのエピローグ。
あれほど万感の思いで迎えられた「終業式」がかつてあっただろうか。

万物の理論とか、他世界解釈とか関係ない。
いまそこにゆかりがいること、
愛くるしく微笑むゆかりがいてくれること、
そのことを途方も無く愛おしいと思える「いま」があまりにも眩しくて、輝かしい。

自分でも何言ってるのかわけわかんないけど、
とにかくこの興奮と感動は2011年を迎えて初めての感情です。
まさしく1年前にシュタインズゲートをクリアして以降久しく感じていなかった強い情動に、
もーおじさん手が付けられない状態ですよ。

そうしてもう一度読み返そうと文庫を開いたとき、
第2章のタイトル「1/1,000,000,000のキス」という文節が、あまりにも哀しい。
この途方も無く巨大な数値が、
学の絶望・悲哀・憤怒・憎悪・寂寥・失望など
様々な感情と人生を内包しているように思えて、まともに読むこともできない。

しかし最後には、「If」と題したエピローグが
かけがえのない「当たり前」として待ってくれていることを知っているのだから、
もう一度頑張って読んでみよう。

「紫色のクオリア」。
コレは凄い。本当に物凄い、圧倒的なSF小説だった。
第2章からはもー止めることができなかった。
本当にこれはオススメ。間違いなく今年最高の一冊だった。

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