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沙都子SS「あのころの言葉」

ひぐらしのなく頃にSS
北条沙都子編
「あのころの言葉」


昨夜遅くまで降り続いていた雨がようやく上がり、
足下の砂利に多くの水溜りを作っている。
霞の漂う朝のキャンバスに
雨滴を滴らせるアジサイとユリが鮮やかな彩を添え、
静謐で瑞々しい空気を胸深くまで吸い込めば、
体の奥の熱がシン、と冷やされていくようだった。


スズメの鳴く声と木の葉のざわめく声に混じり、
シャリ、シャリ、と砂利道を行く男女の姿が見えた。
どこか頼りなげな男性の後ろを女性が続く形で、
二人は無言で霞の中をゆるりと歩く。

男性はホウキ・ちりとり・バケツという荷物の多さに
若干の戸惑いを感じながらも前を歩いていく。
自分から重い荷物を運ぶと言い出してしまった手前、
後に引けなくなってしまっただけなのだが、
水の入ったバケツの意外な重さに辟易しながらも
最後まで運ぼうとする彼は、
ときに「愚直」と人から評されつつも、
やはり根は「良い人」なのだと感じさせる。

後ろを歩く女性は、必死に荷物を運ぶ男性の後姿を見ながら、
(何もいっぺんに運ばなくたって、順番に運べば良いのに)
と心の中で呟きつつ、
他人のために進んで貧乏くじを引いてしまうような男性の人の良さに
とても柔らかな包容力を感じ、
胸いっぱいの安心感を抱いてしまうのだった。


その女性が胸に抱いているのは、ユリの花束と、線香。


ここは、二人の両親が眠る霊園。


女性の名は北条沙都子。
もうすぐ二十歳になる。


*   *   *


昭和55年6月、綿流し祭りの当日。
その日沙都子は、両親を殺した。

ダム闘争が雛見沢の勝利という形で終結してから1年。
日に日に北条家への嫌がらせがエスカレートしていく中で計画した、
家族水入らずの旅行先で。


母親の手は、自分の首を絞めようとしている。
義父の腕は、自分の首をへし折ろうとしている。
両親の目は、自分を殺すタイミングを虎視眈々と狙っている。
ヤツラが自分を殺すのは時間の問題。
死んでやるものか。殺されてなるものか。
私をいじめぬく父親もどきに、私を愛そうとしない母親くずれなどに、
私は絶対殺されない。
生きるのは私だ。
生き残るのは私と兄だけで充分だ。


そして沙都子は、両親を殺した。
無慈悲に、容赦なく、崖底へ突き落とした。


あれから十余年。


沙都子が患い続けていた恐ろしい病について、
入江医師から説明を受けたのが1ヶ月前のことである。


「沙都子ちゃんは今まで、自分が誰かに狙われているのではないか、
 という恐ろしい疑心暗鬼に陥ってしまう病気にかかっていたのですよ」


入江医師はそういって、沙都子の発病となったきっかけや回復の経緯、
そして一年前に戻ってきた兄・悟史も同様の病を患い、
入江医院に入院していたことを打ち明けた。
しかし、
「だから沙都子ちゃんがご両親を殺したのは、病気のせいなのですよ」
とは言わなかった。
それはそうだ。
あの事件は「事故」として処理され、殺人犯などは最初からいない。
『そういうこと』になっているのだから。

勿論それが真実ではないことは、他でもない沙都子が一番良く知っているし、
兄の悟史や、入江医師も知っている。
そして真実が何なのかを3人が知っていることもまた、
3人がそれぞれ承知していた。

だからこそ入江医師は、3人が知っている真実については何も語らない。
語る言葉は、沙都子が知らなかった「病」についてだけ。
それ以上については何も言わない。何も語らない。
「ここから先のことは、自分で考えろ」
と言わんばかりに。


「ほら、沙都子も掃除を手伝って」


いつの間にか両親の墓前に立っていた沙都子に、
兄が語りかける。
両親が死んでから初めて訪れた墓。
その墓は意外なほど小さく、ちっぽけで、
幼少期の自分があれほど恐れていた両親の影が
この小さな墓石に収められているという事実は、
実感としてはなかなか受け入れられなかった。


そんな両親への思い入れなど皆無だった沙都子だが、
それでも彼女が墓参りへ来るためには、
相応の覚悟と、時間が必要だった。
1ヶ月である。
1ヶ月という期間こそが、沙都子に最低限必要なものだった。

入江医師は言う。
「あなたは病気だった」
と。
沙都子が犯した行いは全てが病の作用によるものであり、
沙都子自身には何の罪もない、と主張するかのように。

悟史は言う。
「沙都子に償うべき罪なんて、何もないよ」
と。
病による行いを、全て否定するかのように。

彼らの言いたいことはわかる。
沙都子も理性では理解しているつもりだ。
もし沙都子が第三者であったならば、
きっと入江医師や兄と同じことを助言するだろう。

だけど、そんな簡単に割り切ることなんてできるわけがない。
兄や入江医師が何と言おうとも、
両親は自分に殺意を向けていた憎むべき相手であったし、
最後まで愛情を注ごうともしなかった唾棄すべき人種であった。
少なくとも沙都子にとって、
彼らは除外すべき害悪であったし、除去すべき障害であった。
その沙都子の感情を、兄や入江医師は
「病による勘違い」
の一言で片付けてしまう。
納得なんて、できるはずもない。


この両親への憎しみは、紛れもなく
「北条沙都子」
が抱いているものなのか?
あの日死に物狂いで犯した罪は、
一体誰が背負うべき罪なのだ?
兄たちは、沙都子が背負うべきではないと言う。
そして勿論、両親が背負うべきものでもないと言う。
ではこの罪は中途半端に宙に浮かせたまま、
誰も目を向けることもなく、
ただ見てみぬフリをしながら、
今生きている者「だけ」が幸せに暮らしていけるように
日々を重ねていけば良いというのか?


沙都子はジレンマを抱えながら、日々を生きた。
何の答えも得られぬまま、時間だけが過ぎていった。
そんな沙都子が、それでも墓参りへ行こうと決心できたのは
羽入がかけてくれた言葉によるところが大きい。


「うん、こんなもんかな」

墓掃除のために腰を曲げていた悟史が、
姿勢を戻しながら満足げに言う。

こんな小さな墓だ。
掃除なんてあっという間に終わってしまう。
わずかばかりの雑草を抜き、
墓石に水をかけ、
昨夜の雨で落ちてしまった大量の落ち葉を
ホウキとちりとりで片付けてしまえば、それでおしまい。

本当に、本当に小さな墓だった。


「このお墓さ、今までずっと放っておいた割には、結構綺麗だろ?」


なかなか線香に火がつかず、
多すぎる煙に悪戦苦闘しながら、悟史がそんなことを言った。
言われて見れば、確かにそうだ。
沙都子は今日初めてお墓に来たし、
兄が退院してから墓参りに来ていた様子もない。
なのにこの程度の汚れしかないのは、不自然である。


「実はさ、入江先生が、
 毎月お墓を掃除してくれてたみたいなんだよ。ずっと」


・・・監督が!?


「さっきバケツを取りに行ったとき、霊園の管理人さんが教えてくれたんだ。
 入江先生は、毎月母さんたちの命日には、必ずお墓参りに来てくれてたみたい。
 それで・・・ごめんなさい、ごめんなさい、といつも謝ってたんだって」

ようやく線香に火がつき、
それを手で仰いで煙だけを灯すように調整する。

「きっとさ、入江先生はいつも責任を感じていたんだよ。
 沙都子の病気を見抜けなかったことが、母さんたちの死に繋がったって。
 だからごめんなさい、ごめんなさい、って、ずっと謝ってきたんだ」


言い終えてから線香の束を半分沙都子に手渡すと、
悟史はもう半分を墓前に備え、黙祷を捧げた。


「ほら、次は沙都子の番だよ」


兄に促される。
しかし、私は何を祈ればいい?
黙祷を捧げて、そこにどんな想いを込めればいい?
監督の逸話を聞いてもいまだ答えを見出せぬ
この惰弱で矮小で、滑稽なほど身勝手なこの私が、
自らの手で殺した両親の墓前で、何を思えばいいのだ。

しかし兄は有無を言わせない。
戸惑う私に対して、さぁ、と墓前へ促すだけだ。
戸惑いながらも墓前へと歩を進め、
慣れない手つきで線香を捧げる。
そして何を祈ればよいかも掴めぬまま、
沙都子は目を閉じた。


・・・・・・その、瞬間。


記憶の奔流が怒涛のように押し寄せた。
いや、それは奔流などという生易しいものではない。
それはまさに、爆発だった。


沙都子の脳裏を閃光のように穿ったその記憶は、
沙都子の頭を撫でようと、不器用に手を伸ばそうとする義父の姿であり、
沙都子を喜ばせようと夕飯の腕を振るう母親の姿であり、
裏山で危険な遊びをしてくる沙都子に対し、
その身を案ずる両親の姿であった。


・・・ああ、なんということか!
今更、本当に今更ながら気がつくなんて!
義父は沙都子の新しい父としての想いをその手に宿していた!
母親は惜しみない愛情をその胸に宿していた!
ただ自分だけが家族の交流を、気遣いを、
己の疑心の焚き木にしていたのだ!

あの旅行は、より悪質に変貌していく北条家への仕打ちに対し、
子供たちを不憫に思って計画したものだった。
その家族水入らずの旅行を、ほんのささいな幸せを、
沙都子は自らの手で瓦解させ、崩壊させ、完膚なきまでに叩き潰したのだ!
沙都子が長年求めていたものは、あまりにも身近にあった。
そしてそれをぶち壊したのは、他ならぬ自分なのだ。

何という愚かさ!何という罪深さ!
その途方もない自責の念に押し潰されそうになる沙都子の瞳からは、
涙が止め処なく流れ出る。
それは透明な血液であるかのように。
自分の意思とは関係なしに。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
涙が、止まらない。




霞が晴れ、青空がその顔をのぞかせる。
昨日の曇天など遠い過去であると言わんばかりに、
どこまでも続く青空の下、
砂利道たちは自らを青く染めながら
梅雨の時期には珍しいこの晴天を満喫しているようであった。

沙都子はその目を赤く腫らせながら、
義父と母親にその想いを馳せる。

そんな中で沙都子の脳裏に蘇るのは、
ジレンマの迷路から救ってくれた羽入の言葉だ。


「罪とは、たった一人で背負うべきものではありません。
 ですが、自分だけは何も罪を背負っていないと考えることは
 とても愚かなことです。
 しかしもっとも罪深いのは、
 己の行いが罪か否かの思慮もせず、
 自らの行いを受け入れず、
 ただ過去から逃げる行為そのもの。
 
 あなたがあなたの行いをどう受け止めるかは、
 あなたにしか決められません。
 行いに対してどのような償いをするのか、
 また償いそのものをするのか否か、
 それもあなたにしか決められません。
 
 しかしあなたが悩み、苦しみ、葛藤し、
 そして得た答えならば、
 私はあなたの全ての行いを受け入れ、
 全ての罪を許しましょう。」


この羽入の言葉に、沙都子がどれだけ救われたかわからない。
羽入は、文字通り「全て」を受け入れようという。
それは沙都子の罪も、悪も、憎しみも、行いも、
全てひっくるめて受け入れ、許そうと言うのだ。

沙都子は羽入のことを、あぅあぅ言ってるだけの
頼りない女性だと思っていたが、
時折とても大人びた雰囲気を見せることがある。

・・・いや、大人びた、などという表現では足りない。
それは、とても壮大な「母性」だ。
子を無条件に、無尽蔵に愛し続ける、絶対の存在。


「・・・そろそろ、行こうか」


いつまでも墓から目線を外そうとしない沙都子に、
悟史がそっと話しかける。


「そう・・・、ですわね」


過去の行いをどう受け入れるか。
過去の行いをどう償うか。
必ず答えを出さねばならない。
しかし、今すぐ答えを出さねばならないものでもない。
性急に答えを求めれば、それは誠意に欠けたものとなる。
焦ることはない。
焦らず、後悔することのない答えを探そう。
兄と共に。


だけど、ひとつだけ決めていることがある。
償いとして、これからも続けていこうと思っていることが、ひとつだけ。
それを告げるため、沙都子は一言だけ口にするのだ。




「また、来ますわね・・・・・・お母さん、お父さん・・・」



一陣の風が吹き、木々がささめく。
髪を押さえて視線を墓前から外すと、一羽のトンビが飛び去るのを見た。
ファサ、ファサ、と翼をはためかせる音を聞きながら、
沙都子は瑞々しい静謐の中で、トンビの姿を目で追い続ける。
翼を広げるその姿が一点に収束し、青空に溶け込むまで、ずっと。
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