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魅音SS「変わらぬ想い」 #04/15

1988年2月12日 午後7時 魅音



その沈黙はまるで、鋭利な刃物のよう。
一人一人の視線は肢体を貫き、標的となった哀れな犠牲者を射竦めるに充分な力を持っている。
ダム闘争を戦い抜き、百戦錬磨の老鬼たちが集う、雛見沢会合。
私は沈黙という名の岸壁を打ち砕くがごとき覚悟で、丹田に力を込め、朗々と詠みあげる。

「・・・また、混雑時におけるトラブルの相談役は例年通り、我が園崎家にご一任頂きます様、宜しくお願いいたします」
「・・・以上じゃ。何か質問のあるモンはいるんかいね?」

私の言葉に続くように、公由のおじいちゃんが言葉を紡ぐ。
集会所はしん、と静まり返ったまま、何の反応も示さない。
その沈黙は即ち、是の返答。

「・・・では今日の会合はこれで終わりじゃ。みんな、お疲れ様じゃ」

それまでの緊張と沈黙が嘘のように、集会所がワッと笑顔で溢れた。
会合中の緊張感から解放された私はふぅ、と一息ついて、目の前に並べられた書類を片付け始める。

「魅音ちゃん、お疲れ様」

公由のおじいちゃんが、いつものくしゃっとした笑顔で話しかけてくれる。
いつもと変わらぬおじいちゃんの笑顔を見ることで、ようやく私は、緊張感張り詰める会合を終えたのだ、と心をほぐすことができた。
今となっては、あの張り詰めっぱなしの会合の中で、公由のおじいちゃんだけが私の支えになっている。

私は婆っちゃが生きていた頃から、園崎家当主代行という名目で、雛見沢の会合に何度か顔を出していた。
しかしそれはあくまで婆っちゃの代わりでしかなく、園崎家当主という立場で出席していたわけではない。
だから私は『責任』というものを負わされる立場に立つことは絶対になかったし、会合に出席する老人たちも私に対してそこまで求めていなかった。

でも婆っちゃが亡くなり、名目上としても事実上としても「園崎家当主」となった私に対して、村の老人たちは容赦なかった。

前代当主の秘蔵っ子?
だからどうした。
成人もしていない小娘?
それがなんだと言うのだ。

村の老人たちは、私にただただ「園崎家の当主」であることを求めた。
それは即ち、村を統べる統領としての器であり、村を導く主としての資質。

未だ経験浅い身であろうとも、年端も行かぬ小娘であろうとも、村の老人たちは容赦なく私に「当主」であることを強要し続けた。

子供の頃からダム誘致派の役人や大石刑事とやりあってきたこともあって、度胸だけは人よりもつけてきた自信があった。
だけど、それまで笑顔を向け続けてきてくれた人から受ける重圧というものが、思いも寄らぬ方向から受けるプレッシャーと言うものが、自分が思っている以上に心身に過度の負担をかけていた。
ときにその重圧に潰されそうになったけれど、その度に私を助けてくれたのが公由のおじいちゃんだった。

『大丈夫だよ魅音ちゃん、おじいちゃんが側におるからな』

そう言って、くしゃっと笑うおじいちゃんの笑顔。
そんな公由のおじいちゃんが側にいてくれるだけで、雛見沢での会合がどれだけ心強くなったか知れない。

「こちらこそ、本当に色々ありがとう、おじいちゃん」

私はおじいちゃんの労いの言葉に、感謝の言葉で返した。
夏の、婆っちゃの死。
御三家の取りまとめ。
園崎家当主への着座。
そして、当主としての責務に追われる日々。
文字通り目の廻るような多忙と、「当主」であることを求め続けられる日々の中で、公由のおじいちゃんの存在は、計り知れぬほどに大きかった。
私の万感の想いを乗せた言葉に気づいてくれたのだろうか、おじいちゃんはうんうん、と何度も頷き、頑張ったね、とだけ言ってくれた。

「魅音ちゃん、もう夜も遅いし、うちで夕食でも食べて行かんかね?」

おじいちゃんがそう誘ってくれる。
公由のおじいちゃんに夕食に誘われることはそう珍しいことではなかった。
いつも一人で自宅に戻る私に気を使ってくれるのか、雛見沢で会合があった日などは、公由家で夕飯をご馳走になることも少なくは無い。
普段ならばそのお誘いはとても魅力的であったし、おじいちゃんのお言葉に甘えさせてもらうことが多かった。
だけど私はしばし思案し、

「う~ん、やっぱり今夜はいいや。家に戻ることにするよ」

おじいちゃんのお誘いを辞退した。

「そうかい、それじゃ外は暗いから、気をつけてお帰り」

おじいちゃんは笑顔を崩さぬまま、私の身を案じてくれた。
私も笑顔で返して、玄関へ向かう。
靴を履き替えて外へ出ると、肌を刺すような寒気が顔に襲い掛かった。
マフラー、手袋、耳当てと万全の装備で来たのに、温かい室内から出るこの瞬間だけはどうにも慣れる事ができない。

皆から「お疲れ様」「気をつけてお帰り」と労いの言葉をかけられながら、私は帰路につこうとする。
そんな中で、

「お~、そうだそうだ、魅音ちゃん災難だったんねぇ!」

そんな風に言葉をかけてきたのは、井上のおじさんだ。
井上のおじさんは村内の噂話に耳ざとく、やれどこの誰が奥さんと喧嘩した、やれどこの倅が受験する、などの話には事欠かない人だ。
ニコニコと話しかけるおじさんの様子から、今回の用件も村内の噂に関する話題らしい。
私もおじさんの話は興味深く聞かせてもらうことが多かったけれども、この寒い中、帰路に着こうとしているところで話しかけられるのは、正直辛かった。
それでも私が愛想良く返事を返したのは、田舎での近所付き合いの重要性を理解していたと言うことと、「災難だった」という単語が私に関する噂話をしようとしている、と感じたためだ。

「おじさん、何の話?」
「とぼけるこたんないねぇ魅音ちゃん。聞いとんよぉ、あの前原さんちの倅の話さぁ」

圭ちゃんのことを言っているようだ。
でも最近、圭ちゃんに関して村の噂になるような話があっただろうか。
みんなで部活に興じていた頃ならばともかく、最近は受験勉強に浸かりっぱなしで、目だった行動はしていないはずなのだが。

「いやぁ、しっかしあの倅も男を上げとぉねぇ。
 アイツはやるときはやれるヤツんに、こっち方面はからっきしだったんねぇ」

おじさんはまるで、私がその話を既に知っているかのような口ぶりで話を続ける。
しかし皆目見当もつかない私にとって、おじさんの話し方は苛立ちを誘発させるものでしかなかった。

「ねぇおじさん、私本当に何も知らないんだよ。勿体ぶらずに早く教えてくれない?」

その言葉には苛立ちを隠しきれていなかったのかもしれない。
私の口調に対して、井上のおじさんが多少の戸惑いを抱いていることを感じたからだ。

「い、いやぁ、すまんねぇ魅音ちゃん。
 何しろあの倅のこったからよぉ、魅音ちゃんならとおっくに知っとるんばかり考えちまった」

確かに、私が自分でも嫌悪するくらいのつまらない苛立ちを感じているのは、そういうことなのかもしれない。
私は圭ちゃんと、大の仲良し。
まだ恋人の関係になっていないだけで、私は圭ちゃんのことを何でも知っている。
何でも理解している。
そのつもりだったのに、井上のおじさんは、私の知らない圭ちゃんの情報を知っているという。
それが私にとってつまらなく、面白くない状況だったのだ。


「ほら、あの前原さんの倅とよぉ、竜宮さんとこの娘さん、滅法仲が良えじゃろ?」

そんなことは今更言うまでも無い。
私たちの絆については、井上のおじさんが考えている以上に強く結ばれている。

「そんで同じ興宮の高校に通うとって、最近じゃ予備校だって一緒だと言うじゃないか」

それも既に知っていることだった。
私は高校を卒業してからは、園崎当主としての仕事をこなしている。
そのために二人とは疎遠になってしまったけれども、あの二人はまだまだ真っ当な高校生活を楽しんでいる。
今の二人の状況を羨ましくない、と言ったら嘘になるけど、それでも私は自分にあてがわれた環境の中で頑張っていくと決心したのだ。
そんな二人の生活に羨望の目を向けることはあっても、妬みの目で見たことなど一度だって無い。

そんなこと、今更井上のおじさんに言われることではない。
そんなこと、私だって知ってるし、私が知っていることをおじさんだって知っているはずだ。
一体何を言いたいのか見当もつかぬまま、ただ苛立ちだけが積み重ねられていく。

「あんれほどに仲の良い二人だぁ。そりゃぁ情だって移っちまうわなぁ」

・・・何を言いたいの?
おじさんは、一体何を言おうとしているの?

「あの倅よぉ、ようやく竜宮さんちの娘さんと、ええ仲になったらしいのぉ?」

え?
・・・何?
・・・おじさん、何を言っているの?

「ちょ、ちょっと待ってよおじさん、圭ちゃんとレナが、どうかしたの?」

自分でもわかるくらいに、声が震えていた。
自分では抑えられないくらいに、体が震えていた。
それはおじさんに呼び止められてからずっと寒空の下で話を聞かされているせいだ、と自分に言い聞かせるが、高鳴る焦燥の鐘を沈めることが出来ない言い訳は思いつかなかった。

しかし幸いにも、おじさんは私の声の震えを寒さによるものであると考えてくれたらしい。

「ああ、すまんこってね。確かに寒いところ呼び止めて悪かったんねぇ」

そんな謝罪の言葉が挟まれる。
でも違う。
私が欲しいのは、そんな言葉じゃない!

「はぐらかさないでおじさん!
 圭ちゃんは、レナはどうなったの!?
 良い仲なんてまどろっこしい表現しないで、はっきり言ってよ!」

レナと圭ちゃんがどうしたの!?
私の知らないところで、あの二人の絆はどうなったの!?
私を応援すると言ってくれたレナは、どうしたの!?

みるみる顔色を悪くしていく私の表情を見て、察しの悪いおじさんでも空気が変わっていくのを感じ取ったようだ。

「・・・あ、あのよ魅音ちゃん。
 続きは、明日にでもするかね?
 それに魅音ちゃんなら、あの倅や娘さんに直接聞けば早いだろう?」
「いいから!早く聞かせてよ!」

絶叫は積もる雪に吸い込まれ、昂ぶる激情は雪を溶かし、震える体は不安を抑え切れなかった。
あのレナが、私を裏切る筈がない。
私を応援してくれると言ったレナが、圭ちゃんと付き合うなんて、そんなはずない!

・・・ハッ。
・・・ハハッ。
・・・何を、言ってるのか。
私はいま、何を考えたのか。

レナが、圭ちゃんと、付き合うだって?
何を、馬鹿げたことを。
レナが、裏切る筈無い。
レナが、裏切る筈無い。
レナが、裏切る筈無い。

胸の中で渦巻く不安は次第に痛みへと変化していき、悪魔でも飲み込んだかのような嫌悪感へと変貌していく。
レナが、裏切る筈無い。
壊れかけたレコードのように、繰り返し己へ言い聞かせる。

このときの私に、少しでも冷静さが残っていたならば。
真実へ目を向ける勇気が少しでもあったならば。
次に続くおじさんの言葉を、少し違う心境で聞くことができたのかもしれない。


「・・・あの倅と娘さん、今じゃ良いアベックになったって話だけんど・・・」


瞬間、空気にヒビが入った。
律儀に、ヒビ割れた音まで聞こえた気がした。


「なんでも、あの倅の方から好きだーって告白したってぇ聞いとるけんどなぁ、」


おじさんから放たれる言葉のひとつひとつが、私の体を切り刻んでいく。
腕。
腹。
腿。
肩。
頬。
耳。
胸。
そして。


「告白しとんは、そうさなぁ、もう一ヶ月くらい前やったと聞いとるんがなぁ」


心臓。


私がレナに相談を持ちかけたのが、3週間程前。
ということは。
1ヶ月前に圭ちゃんから告白されたと言うならば。
私がレナに相談したときには・・・

既に、レナは。

圭ちゃんから。

告白されていた。


その事実だけで、私にトドメを刺すのは充分だった。
私の心臓は破裂寸前に追い込まれる程打ち続け、心臓から送り出される血液量は限界を越えている。
心臓が脈打つ度、後頭部にジンジンとした痛みが走る。
血液が脳を駆け巡る度、眼球の奥に霞が走る。
肺が酸素を取り込む度・・・冷静さを失っていく。


どうして、レナは私に黙っていたの?
私がレナに相談したとき、レナは何を考えていたの?
私を応援してくれると言った言葉は、嘘だったの?

どうせ私の恋は実らないと、哀れみの目で見ていたの?


「・・・ど、どうしたん、大丈夫かいね?」

途端に黙り込んでしまった私を心配してか、おじさんが戸惑いながらも声をかけてくる。
その声にようやく我に帰り、困惑を脳裏から追い出しにかかった。

「だ、大丈夫だよおじさん!
 いやぁ~、でも私知らなかったわ!
 圭ちゃんとレナがそんなことになってたなんて!」

ハハハ、となんとか笑顔を搾り出しながら、この場を取り繕うことに専念する。
胸の中の黒い困惑はまだ残っているけど、とにかく今はこの場を乗り切って、体面を保つことしかできそうになかった。

焦燥はいまだ止まない。
心臓は早鐘のごとく打ち続けている。
寒さとは別の理由で、声の震えを止められない。

どうして?
どうして?
どうして?

困惑は止まず、不安は渦を巻き、疑念が首をもたげてくる。
ただ頬に触れる雪の痛みだけが、これが夢ではないことを主張していた。


魅音SS「変わらぬ想い」 #05/15

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