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魅音SS「変わらぬ想い」 #05/15

1988年2月12日 午後10時 魅音



シャワーの蛇口をひねる。
勢いよく降り注ぐお湯を頭から浴びると、冷えた体に痛みが走った。
肌を流れていくお湯を全身で感じながら、お湯がタイルを叩く音を、ただぼんやりと聞いていた。

井上のおじさんと別れてから、私はなぜかレナの家へと足を向けていた。
別にレナを問いただそうとか、そういう思惑があっての行動ではない。
ただこの困惑をどうにかしたくて、誰かに不安を癒して欲しくて、もっとも心を許せる親友の家へ向かっだけ。

家の前で佇んでみる。
家の明かりがついているから、少なくとも誰かが家にいるに違いなかった。
でも、それから動けるはずもなく。
ただ数時間、玄関の前で立っていることしか出来なかった。

お湯が、私の肌を次々と叩いていく。
指先に鋭い痛みが走る。
長時間外にいたせいで、軽い凍傷になってしまったのかもしれない。
そんなことを、まるで他人事のように考えていた。

「レナ・・・」

口に出して呟いてみる。
それは、今まで何度も何度も、呼んできた名前。
時には、親友として笑いながら。
時には、親友として窘めながら。
それは呟くだけで心安らぐ、無二の親友の名前。

でも、今は違う。
今はただ呟くだけで、心に重い不安がのしかかってくる。
まるで外側から万力で締め付けられているような、強烈な痛みとなって胸に襲い掛かる。

ねぇ、レナ・・・どうして黙っていたの・・・?

それは声とはならず、ただ唇が形をなぞっただけだった。
ずっと、私のことを影で笑ってたの?
ずっと、私の恋なんて実らないってバカにしてたの?
圭ちゃんの気持ちはレナに向いていることを知りながら、どうしてレナは私を応援する、なんて言ってくれたの?

どうして?
なんで?

疑問符は止まらない。
これらの疑問符に、答えてくれるものもいない。
困惑は不安へと変貌し、不安は疑念へとその形を変えようとしている。
だけど。
私は、ぐっと歯を食いしばる。
己の暗部が表に出ないように。親友への信頼を黒い懐疑で埋めないように。

・・・レナが、裏切る筈無い。

それは、井上のおじさんに告げられたとき、心の奥底で何度も何度も呟いた言葉。
だけど、何ということだろう。
自分で呟いてみて、あまりの現実味の無さに自分自身で絶望してしまう。

私は、レナを信じていないの?
レナが私を影で笑っていたと、心の底で考えているの?

繰り返される自問。
答えるものなどいないと分かっていても、繰り返さずにいられない。

そんなに不安に思うなら、確認してみれば?

もう一人の自分が、冷静にそう問いかけてくる。

・・・誰に?どうやって?

私は問い返す。

レナ本人に聞けば良いじゃない。
・・・そんなこと、できるわけない。

どうして?そうすればレナを疑わずに済むでしょう?
・・・だけど、もし本当だったら?

・・・圭ちゃんが、もし本当にレナに告白していたなら?
・・・レナが、もし本当に私に隠し事をしていたなら?
・・・そして、もし本当に影で私のことを笑っていたなら?

まるで喉を鷲掴みにされたかのような息苦しさに見舞われ、私はその場に膝まずいてしまった。
口で呼吸をしても、一向に息苦しさが治まらない。
いくら酸素を取り込んでも、一向に頭痛が治まらない。

みんなが、私のことを笑っている。
何も知らない私のことを、みんなが笑っている。
レナが、私の滑稽さを。
沙都子が、私の意気地なさを。
梨花ちゃんが、私の鈍感さを。
羽入が、私の不甲斐なさを。

みんなが、私を笑っている。
私だけが、それに気づかない。
みんなに笑われていることに、私だけが気づかない。

コールタールのような疑念が、私の心を少しずつ蝕んでいく。
どろリとした懐疑が、私の胸を少しずつ侵略していく。

だけど。
そんな塗炭の感情の中で、私の心を照らしてくれる光がある。
汚泥のような疑惑と、泥炭のような不安の中で、真実だと信じられる笑顔。
それが、圭ちゃんの笑顔だった。

ほら魅音、これやるよ。

そういって無造作にくれたあの人形。
何でもない、すっぽりと腕におさめられるビスクドール。
だけどその人形が、その無造作の優しさが、どれだけの喜びを与えてくれたかしれない。

圭ちゃんの笑顔を思い出す。
それだけで、こんなに胸が温かくなる。
圭ちゃんの声を思い出す。
それだけで、こんなに胸が痛くなる。

・・・いま、再認識した。
私は、圭ちゃんのことが好きなんだ。
本当に、大好きなんだ。

自分の体を抱きしめるように、両腕を体に回す。
そこに人形はないけれど、愛しいものを包むように、両腕を回す。

・・・圭ちゃん・・・圭ちゃん・・・

愛しい名前はシャワーの音にかき混ぜられながら、風呂場の中を反響する。
その反響に共振するかのように、私の中の圭ちゃんも大きく存在感を増していった。

もう、レナを信じることができない。
私を応援すると言ってくれたレナの言葉を、信じることが出来ない。
無二の親友を、婆っちゃが死んだときにも一緒にいてくれた親友を、信じることが出来ない。
何を考えているかわからないから。
本当は信じたいのに、信じられるだけの要素がなくて、何を考えているのかわからなくて、信じることができなくなってしまった。

・・・圭ちゃん。

もう一度、呟いてみる。
その名前は、先ほどと同じように反響していく。

圭ちゃんがいてくれればいい。
圭ちゃんさえいてくれればいい。
圭ちゃんは誰のことが好きなのか分からないけれど。
圭ちゃんの気持ちは私には向いていないかもしれないけれど。

それでも、圭ちゃんの側にいられればいい。


なおも、シャワーからお湯が降り注がれる。
どれだけ浴びても、体は温まらない。
どれだけ浴びても、体の震えが止まらない。
お湯を頭から浴びてみる。
頭に叩きつけられたお湯は、瞼を通って、頬を流れ、顎へ伝い落ちていく。
ぽろぽろ、ぽろぽろと、顎へ伝い落ちていく。


魅音SS「変わらぬ想い」 #06/15

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