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魅音SS「変わらぬ想い」 #08/15

1988年2月13日 午後8時15分 礼奈



今日はいつもよりも雪風が激しい。
首に巻いたお気に入りのマフラーを軽く持ち上げ、寒さを防ぐ面積を心持ち直しながら、レナはそんなことを考えていた。
本当はいつもと同じ程度なのかもしれないけれど、それでもこの動きさえ封じられそうな風の冷たさには、いつものことながら辟易してしまう。

厚手の手袋と、冬用に作られた靴。
雛見沢で冬を過ごすからには、相応の装備と覚悟をしなければならないが、それも程度の問題だ。
いくら着込もうとも、度を過ぎれば動きが制限されてしまうし、その逆もまた然り。
結局ある程度動けるような装備にしてしまうと、末端部分の防寒を犠牲にしなければならなくなる。
つまりレナは、手足の指先における「痛さ」に変わる寸前の「冷たさ」と戦いながら、予備校からの帰路を辿っていたのだ。

手にギュッと力を入れて、寒さと痛みに何とか対抗しようとする。
それで指先に熱がこめられるわけでは勿論無いが、それでも冷たさから若干逃れられた気がした。

ふぅ、とレナはひとつ大きな息をついた。
雪を叩きつけてくる風に辟易したわけでも、バス停から家までの距離に不満を感じたからでもない。
ただ胸の中でくすぶり続ける灰色の感情を、体から追い出してやりたかったのだ。

明日は、バレンタインか・・・。

誰に聞かせるわけでもなく、レナはポソリと呟く。
今日がラストチャンスだ。
今夜こそ、圭一くんにちゃんと伝えないと。
レナは心の中でそう自分に言い聞かせるが、その言葉はただ空虚に喉元で反響するだけだった。

そんな自分に、都合の悪いことから目を背けて、問題を先送りにしてしまう自身の身勝手さに、レナは胸を掻き毟ってやりたい気分になる。
あの夜、自分は魅音に言ったではないか。
他でもない、自分自身が言ったことではないか。

『私、応援してるよ!魅ぃちゃんの恋がうまくいくように!』

そう、言った。
確かに、言った。
親友の恋が叶うように、親友の勇気が実るように。
そして、親友たちの関係が、崩れないように。

だから自分は押し殺した。
息を詰まらせて、胸を押しつぶして、身体的な苦痛をも伴いながら、自身の感情を抑えこんだ。
そうしていれば、みんな笑っていられるから。
親友たちと共に、笑っていられるから。
自分の想いさえ心の奥底に沈め続けていれば、みんなが笑っていられるから。

私は、それで良い。
好きな人と一緒に過ごせなくなっても、良い。
例え、初めて本気で恋をした男の子から告白されても。
例え、一時的にでも彼を傷つけてしまったとしても。

結果的に親友たちと笑って過ごすことができるのならば、私はそれで良いのだ。

俯き、足元の雪に視線を向けながら、黙々と歩き続ける。
雪も風も未だ止まず、それらは呼吸を繰り返す口の中にまで踊りこんでくる。
しかし私は唇で遮る事もなく、ただ舌を風に蹂躙されるがままにしていた。
そして風は舌だけでなく、喉も、胸も、肺の中までも蹂躙していく。
だからきっと、これは風のせいだ。
こんなに胸が苦しくて、辛くて、世界をひっくり返したくなるくらい切なくなるのは、風のせいなのだ。

だって私は、納得したのだから。
幸せを享受する資格など、私は持ち合わせていないことを。
彼らを置き去りにして、私だけ幸せになる資格など持ち合わせていないことを。

だから今夜こそ、私は決着をつける。
圭一くんに、はっきりと告げる。
圭一くんのことは大好きだけど、本当に大好きだけど、私は圭一くんと付き合うことは出来ない。
そのことを、はっきりと告げなければいけない。

そうすれば、全ては丸く収まるはずだ。
圭一くんは私への想いを諦めることが出来る。
そして明日になれば、魅ぃちゃんが自身の想いを告げる。
私への想いを断ち切った圭一くんからすれば、魅ぃちゃんの告白を断る理由はないはず。

これで、みんなが幸せになれる。
私さえ我慢していれば、みんなが幸せになれる。

途端、一際強い風が正面から吹いてきた。
風は多量の雪を伴いながら、顔を思い切り貫いていく。
同時にいくらかの雪が目に入ってしまい、涙で視界が曇ってしまった。

手の甲で涙を拭う。
だけど、視界は晴れない。
拭っても拭っても、視界は晴れない。
風はもう吹いてないのに。
雪はもう取り払われたのに。
涙だけが、瞳から拭いきれない。

次から次へと溢れ出てくる涙を拭っているうち、視界の隅に人影が映りこんだ。
いつもならば、気に留めなかったはずだ。
だけど今夜は、今だけは、その人影に注意を向けなければいけないと思った。

こんな夜間に、外に人がいるという状況がおかしかったから?
違う。それだけではない。
しかもその人影が、全力で走っていたから?
違う。それだけでもない。
決定的だったのは、本当に決定的だったのは。

その人影が、圭一くんの家から飛び出してきたから。

私は直感した。
月明かりもない、街灯すら満足に無い、その人影が誰かなんてわかるはずもない。
だけど、あれは魅ぃちゃんだ。
絶対に、魅ぃちゃんだ。
理屈ではなく、だからこそ理屈よりも強く確信する。
今あの人影を追わなければ、一生後悔すると。

全力で駆ける。
雪に足を取られて、思うように前へ進めない。
コートに遮られて、思うように腕を振ることが出来ない。
マフラーに邪魔をされて、思うように呼吸ができない。

風も、雪も、空気でさえも、行く手を阻む全てを除去したかった。
カバンなどとうに投げ捨てた。
邪魔なマフラーも投げ捨てた。
本当はコートも脱ぎ捨てたかったけど、脱ぎ捨てる時間も惜しかった。

「お願い、待って魅ぃちゃん!」

叫ぶ。
必死で叫ぶ。
だけど走りながら叫ぶ声は、意識するよりずっと頼りない声は、あっけなく雪に溶け、一番届いて欲しい人の元に届かない。

だから走る。
だから追いかける。
それ以外にできることは無いから、今走らなければ絶対に後悔するから。

冷気を急激に吸い込んだせいで、肺の奥がシクシクと痛む。
だけどその痛みを無理やり隅に追いやって、私はただただ走り続けた。


魅音SS「変わらぬ想い」 #09/15

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