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魅音SS「変わらぬ想い」 #09/15

1988年2月13日 午後8時20分 魅音




視界に、人影が入った。

全力で走る私。
全力で逃げる私。
涙で視界が曇り、季節はずれの汗に視界を邪魔され、切れる息のために焦点を合わせることもままならない。
だから今の状態の私が、その人影が誰かを確認することなんて、出来るはずもなかった。

だけど、私は理解した。
あの人影は、レナだ。
理屈なんて関係ない。
だって、あの人影に、こんなにも会いたくないと思っているのだから。
今は、今だけは、どうしてもあの人影に遭遇したくない。
プライドを捨てて、親友の真似までして、それでも打ち砕かれた今の私を、あの人影に晒したくない。
この本能とも呼べる魂からの絶叫に、私は従った。

だから、走り続けた。
だから、逃げ続けた。
雪を蹴って。
風を破って。
耳に届くのは、自身の息切れだけ。
口から紡がれるのは、自身の呼吸だけ。
脱兎のごとく無様に逃げ続ける私の耳には、風と、呼吸と、心臓の音しか届かない。

しかし。
私は確信している。

あの人影は私を追いかけている。
逃げる私を追い続けている。
だって、あの人影がレナだったと理解しているから。
そしてレナであれば、今の私を放っておく筈などないから。

そこまで理解しながら、私は走り続けた。
ただただ必死に、両脚を前に繰り出し続けた。

会いたくない。
今だけは、会いたくない。
この瞬間だけは、レナに会いたくない。

この無様な私を、どうしてレナの前に晒せるのだろうか。
自慢の髪を切り落としてまでレナの真似をして、喋り方も立ち居振る舞いもレナに似せようとして、それでも圭ちゃんに受け入れられなかった私。
いや、だからこそ受け入れられなかったのか。
自身を見失って、方向を見誤って、仲間を信じられなくなった私が選んだ、歪んだ選択肢。

だけど、私はどうすれば良かったの?
どうすればこんなチョイスをせずに済んだの?
仲間を最後まで信じれば良かった?
私に隠し事をしていたレナを信じれば良かった?
圭ちゃんの気持ちが私に向いていないことを知りながら「魅ぃちゃんを応援する」などと偽善を嘯(うそぶ)くレナを、私は信じれば良かったの?

そんなこと、出来るはずもなかった。
レナを信じるという選択肢は、最初から存在しなかったのだ。
だけど、だからといって、この選択肢を選ぶ他なかったかと言われれば、それもありえないだろうと思える。
きっと、何か出来た。
みんなが幸せになれる方法が、きっとあった筈。
レナを真正面から親友と呼べるような。
圭ちゃんが真正面から私を見てくれるような。
みんなが屈託なく笑える世界が、きっとあった筈なのに。

私はどこで間違えたのだろう。
ずっと伸ばしてきたこの髪を切り落としたときから?
レナに恋の相談をしたときから?
いやそれとも、それよりもずっと前、

圭ちゃんに、素直になれなかったときから?

瞬間、全身の力が抜けた。
この選択肢を選ぶ他なかったのかもしれないと、脳裏でチラリとでも考えた瞬間。
私がこの選択肢を選ぶことが、少なくとも数年前に決定していたのかもしれないと、その可能性が脳裏をよぎった瞬間。
限界を越えて悲鳴を上げていた体が、ついにくず折れた。

地面に手を付いて、犬のように口を開けて荒い呼吸を続ける。
心臓は休みなく脈打ち、肺は酸素を取り込むため懸命に働き続ける。
そんな体からの欲求に身を任せている間に、レナが私に追いついた。
足音が、近づいてくる。

「み、魅ぃちゃん・・・」

荒い呼吸の合間に、聞きなれた声が耳に転がる。
・・・懐かしい。
最後にレナに会ってから一週間と経っていないのに、レナの声色はあまりにも柔らかく、優しく、耳の中で反響する。

レナは、変わっていなかった。
無二の親友としてのレナは、何も変わっていなかった。
変わってしまったのは、きっと私だけ。
レナを疑って、自分を傷つけて、圭ちゃんへの思いに意固地になって。
私だけが、私一人だけが、想いの上で空回りして、一人で滑稽に踊っていた。

「・・・魅ぃちゃん」

レナが背中から、私の肩に触れる。

「・・・触らないでよ」

その手を肩に乗せながら、私は呟いた。
レナの顔を見ずに。
レナの手の感触を、肩で感じながら。

声色は、言葉ほどの強さを持ち合わせていなかった。
声色は、私の弱い部分を克明に映し出していた。
本当は、手を払いのけることもできた。
レナを怒号で責め立てることもできた。
だけど、それをしなかったのは。

「魅ぃちゃん!」

レナが真正面に回ってきて、強く私を抱きしめる。

私がレナを責められなかったのは。
私がレナの手を払いのけられなかったのは。
このレナのぬくもりが、あまりにも心地よかったから。
このレナの抱擁が、私の心を温めてくれたから。

「う、うわあああああぁぁぁぁぁぁ!!」

そして、ようやく私は泣いた。
レナに裏切られたと勝手に絶望した夜も。
圭ちゃんに拒否されたあのときにも。
ずっとずっと肺の底で堆積してきた、粘性の高い灰色の嘆き。
その嘆きを、私はようやく、嗚咽と共に体外に押し出せたのだ。

嗚咽はいくらでも搾り出される。
悲嘆はどこまでも心を裂く。
だけど、ナイフで裂かれた様なこの胸も、針でザクザクと抉られた様なこの喉も、レナの抱擁がどこまでも癒してくれる。

だから、私は泣き続けた。
自分の体を痛めつけるかのように、激しく泣き続けた。

気づけば、レナも泣いていた。
私を抱きしめながら、レナも大声で泣いていた。
だから私もレナを抱きしめる。
レナの心の痛みを、少しでも和らげてあげたくて。

私たちは泣き続けた。
雪の降る中で。
風が吹く中で。
白い雪の上に跪きながら、二人で抱きしめあいながら。

私たちは、きっと幼かった。
3人が笑って過ごせる様になるには、私たちはまだ幼すぎた。

レナとの関係を変えたくて、急かれるように行動に移した圭ちゃん。
圭ちゃんとの関係を変えたいと望みながら、素直に行動に移すことができなかった私。
そして3人が笑って過ごせるように、何の行動も起こさなかったレナ。

みんな、幸せになりたかった。
みんな、笑って過ごせる未来を夢見た。
だけど、みんなまだ幼かった。
3人の関係を保ちながら笑いあうには、みんなはあまりにも幼すぎた。

私たちは泣き続けた。
嗚咽は風に晒され、涙は雪に溶けていく。
互いの体を温めあいながら、互いの存在を確認しながら、私たちはずっと泣き続けた。
ずっと、泣き続けていた。


魅音SS「変わらぬ想い」 #10/15

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