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魅音SS「変わらぬ想い」 #13/15

1989年6月17日 午後11時30分 魅音



お風呂から上がり、パジャマ代わりのTシャツ姿で自室に戻る。
私のベッドの隣にはお客様用の布団が敷かれ、圭ちゃんはその中で相変わらずの高いびきだ。
レナの話だと圭ちゃんはそれほどお酒に強いわけではないみたいだし、急性アルコール中毒による意識の喪失とかも心配したけど、これほど気持ち良さそうに眠っている様子を見るとそれが杞憂だったとわかる。

眠っている圭ちゃんに気を使い、部屋の電気を豆電球にしたまま自室に入った。
ベッドの中に体を沈めようとしたところで、ふとある事に気がつく。

(圭ちゃんの体、拭いてあげた方が良いかな・・?)

今日は特に暑い陽気ではなかったけど、それでも祭りの中をずっと歩き通しだったのだ。
多少なりとも汗はかいただろうし、お風呂に入らないまま朝を迎えるのも気分が悪いかもしれない。

私は自室を出て、和室のタンスからお客様用の綺麗なフェイスタオルを引っ張り出した。
それを軽く水道水で湿らせ、電子レンジで少し温める。
チン、と夜中鳴らすには多少大きすぎる音を聞ききってから扉を開け、蒸されたタオルを取り出した。
少し温めすぎたタオルを両手で冷ましながら自室へ向かう。
自室の扉を開ける頃には、蒸しタオルは程よい温度に下がっていた。

「圭ちゃん、ちょっと失礼するよ」

そう呼びかけながら、圭ちゃんの布団をそっと持ち上げる。
呼びかけても返事が返ってこないことは百も承知だったけど、無言で圭ちゃんの体を触るのは何となく気が引けた。

仰向けに寝ている圭ちゃんの腰と肩を持ち上げて、横向けに寝かせる。
晩年の婆っちゃの世話をするためにこの手の介護には多少慣れているつもりだったけど、それでも完全に脱力しきった人間の体を起こすのは結構骨が折れる作業だ。

シャツをまくり蒸しタオルで背中を拭く。
こうして蒸しタオルで体を拭いていると、晩年の婆っちゃのことが思い出された。
婆っちゃの背中は思っていたよりもずっと小さくて、衰弱していたためか筋肉も柔らかかった。
まだ婆っちゃの介護を始めたばかりの頃は、その婆っちゃの予想外の小ささに少なからずショックを受けたりしながら、婆っちゃと色々な事を話しながら作業をしていた気がする。

そんな、婆っちゃの思い出と比較する事はナンセンスかもしれないけど。
今私の目の前にある圭ちゃんの体は、ずっと大きくて、固かった。
圭ちゃんの腕を拭くために軽く肘を持ち上げるだけで、背中の筋肉がモリモリと動くのが感じられる。

(やっぱり、男の子なんだなぁ・・・)

園崎家の当主を名乗る以上、圭ちゃんよりも屈強な男性を見る機会は沢山あったけど、こうして私に体をあずけて、肌まで露にする男性は皆無だった。

「よし、背中は終わり。それじゃぁ次は胸とお腹だね」

返事がないと理解しながらも語りかける言葉は、まるで独り言のように空虚だった。
肩と腰を支えながら、ゆっくりと仰向けに寝かせなおし、シャツをまくる。
そしてシャツの下から、圭ちゃんの引き締まった大胸筋と、割れた腹筋が目に飛び込んできた。

「・・・っ!」

そこで思わず目を背けてしまった。
みるみるうちに頬が熱を持っていくのを感じる。
律儀に「ボッ」という発火音まで聞こえてきたかのようだ。
男の子の裸なんて川やプールでいくらでも見てきた筈なのに、何故か今は、目の前にある圭ちゃんの裸に視線を向けることが出来ない。

呼吸するたびに上下する胸と、その度に躍動する腹筋。
昔部活で見たときの圭ちゃんの裸とは、比べようも無いほど逞しくなった、その姿態。
あの頃はまだ華奢な印象が強かったけれど、今の圭ちゃんの体からは、男性特有の芳香が漂ってきているように感じられた。
無駄な贅肉が削ぎ落とされた腹筋がどこか艶かしく輝いて見えるのは、圭ちゃんの汗のせいだろうか。
頬の熱に比例して速まる鼓動をどうにか抑えようと、胸を手で押さえる。
そして無意識に逸らした視線の先に飛び込んできたのは、あどけない圭ちゃんの寝顔だった。

こんなに体が逞しくなっても。
東京で教授の期待を一身に背負って頑張っていても。
圭ちゃんの寝顔は、私が知っている圭ちゃんのそれだった。

駅で1年半ぶりに再会した圭ちゃん。
圭ちゃんの精悍さを前にして、動揺を隠す事に精一杯になっていた私。
だけど今私の目の前にいる圭ちゃんの表情は、どこかあどけなさを残し、少年の面影を併せ持つ不思議な魅力を持つ、あの頃の圭ちゃんのままだった。

「圭ちゃん・・・」

熱っぽい吐息とともに吐き出された呼びかけ。
無意識に向けた視線の先にあったのは、圭ちゃんの唇。
半開きのまま寝息を吐き出す、圭ちゃんの唇だった。

「う、う~ん・・・」

ふいに圭ちゃんが寝息を乱した。
そこでようやく我に返った私は、圭ちゃんのシャツをまくったままであることを思い出した。
私は慌てて圭ちゃんのシャツを元に戻して布団をかぶせ直し、急ぎ足で自室を出て行く。

洗濯籠にタオルを入れて、私はそこで大きく息をついた。
頬は相変わらず熱を持ち、胸の鼓動は早鐘のごとく鳴り続けている。
まるで全速力でここまで走りきったかのような息遣いの中で、私は僅かな冷静さをかき集めながら、先ほどの自身の心理状態を思い出そうとしていた。

私は一体、何をしようとしていたの?

息遣いはいまだ収まらず、過呼吸のせいか後頭部にジンとした痛みが走る。

私が何をしようとしていたのかって?
そんなの、答えはわかりきっているじゃないか。
私は圭ちゃんの体を拭いてあげようとしていただけ。
そして圭ちゃんが起きそうになって、ちょっとびっくりしてここまで逃げてしまっただけなのだ。

そう、だから。
あそこで圭ちゃんが寝息を乱さなかったとしても、何もやましいことなど起きはしなかった。
唇に視線が向いてしまったのは、只の偶然。
圭ちゃんの体から目をそむけてしまったのは、単に恥ずかしかっただけ。
そう、ただそれだけのことなのだ。

決して、圭ちゃんへの恋慕の情が滾ってしまったわけではない。
決して、そんなことはない。

私は、私の気持ちを押さえ込む。押さえ込んでみせる。
圭ちゃんを好きな気持ちはまだ無くなっていないけれど、押さえ込むことは出来る筈だ。

いや、筈ではない。
押さえ込まなければいけないのだ。

圭ちゃんはもうレナの恋人なのだから。
私と共に人生を歩む事など無いのだから。
私が自分の気持ちに正直になってしまえば、それだけで二人を傷つけてしまう。

二人の親友として。
これからも互いに笑い合える、無二の仲間として。
自分の感情に振り回されるような愚行だけは、決して起こしてはならない。

一度深呼吸して、どうにか息遣いを平常のそれへと引き戻す。
それだけで心なしか、動悸も収まって来たようだ。

大丈夫。
私は、園崎魅音。
圭ちゃんとレナの親友、園崎魅音。
明朗快活で、豪放磊落で、竹を割ったような性格の、園崎魅音なのだ。
この演技を貫くだけで、私たちは理想の関係でいられる。
私が、頑張るだけで。

私は圭ちゃんの体を拭いたタオルから無理やり視線を引き剥がして、体を自室へと向けた。


魅音SS「変わらぬ想い」 #14/15

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