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魅音SS「変わらぬ想い」 #14/15

1989年6月18日 午前0時10分 魅音




自室のベッドに体を預けて、タオルケットだけを体にかける。
開け放たれた窓からは、微かな風が虫たちの声と共に転がってきて、室内にも草木のほのかな匂いが運ばれてくるような錯覚を覚える。
窓から差し込む月の光は、ちょうどベッドの上にいる私に降りかかり、月の粒子が乱反射して部屋の中を蒼く幻想的に染め上げている。
だけど、そんないつも見慣れた自室の夜中の光景も、隣の布団で圭ちゃんが寝ているという事実だけで、見慣れぬ異国の情景のように感じられた。

虫たちの声は気にならない。
彼らは春の終わりから冬の始まりにかけて、自らの生命をかけるかのように鳴き続ける。
彼らの声量くらいで眠気を苛まれるような柔な精神は持ち合わせていない。

月の光も気にならない。
満月の光は本も読めてしまうほどの光量だけど、今夜の月はその姿を4割ほど欠けさせた観月(かんげつ)だ。
蒼い光は弱々しくも薄く部屋を照らし、眠気を苛むことなく充分な魅惑を併せ持っていた。

だから、私を安らかな睡眠に落ちようとするのを邪魔している要因は他にあり、そしてそれこそが圭ちゃんだった。
圭ちゃんの寝息が、私の心をかき乱す。
圭ちゃんの寝返りが、私の意識をかき回す。
同じ部屋の中に想い人が寝ているというだけで、私は容易に眠りにつくことができなくなってしまった。

もし寝ているときの顔を見られたらどうしよう。
無防備にも程がある表情を、よりによって圭ちゃんに見られてしまうと考えただけで、たまらない羞恥が全身を覆う。

「う、う~ん・・・」

圭ちゃんの寝息が乱れ、それに合わせて寝返りを打つ。
そのせいで掛けていた布団がはだけ、足が布団の外へ出てしまっていた。

「ダメだよ圭ちゃん、そんなんじゃ風邪ひいちゃうよ?」

私は圭ちゃんの布団を直して、またベッドに戻る。
そのとき、少し強い風が部屋に舞い降り、カーテンを幾分か躍らせた。
舞うカーテンにつられるかのように月の蒼光もその身を躍らせ、一瞬ではあるが、今まで闇一色だった部屋の隅を光が照らす。
月の光がそこに存在するモノを照らし出し、その姿を確認して、ようやく私は思い出したのだ。
その場所に飾られている、私の宝物の存在を。
圭ちゃんが私へ贈ってくれた白いカチューシャと、5年前に無造作に差し出してくれたビスクドール。

蒼光に身を晒したその一瞬、ビスクドールの青い瞳が私を見据えた。
何年も見つめ続けてきたその瞳が、今は私だけでなく、贈り主である圭ちゃんの姿も視界へ入れている。
贈った者と、贈られた者と、二人を繋ぐ絆を象徴する物。
私の胸を焦がし続けてきた三者が、今、確かに私の部屋に存在している。

圭ちゃんは何の気もなく人形を贈ったのだろうけど、私にとってその人形は、単なるプレゼント以上の価値を持っていた。
あのビスクドールは、圭ちゃんが私を女の子として見てくれた象徴。
あのビスクドールは、私の恋心を気づかせてくれた鍵。
私にとって、あの青い瞳の人形は圭ちゃんとの絆と想いを顕現したカケラのひとつだった。

「う~ん、・・・うぁ?」

そんな懐念に耽っていると、妙な呻き声と共に、圭ちゃんがむくりと上半身を起こした。
きょろきょろと辺りを見渡すその姿は、月の光しかないこの状況でさえも、寝ぼけ眼であることが容易に理解できた。

「・・・なんで俺、こんなところで寝てるんだぁ?」

半ば独り言のような圭ちゃんの問いかけに応答しようと、私も上半身を起こした。
我ながら律儀だと思う。

「ウチで酒盛りしてる間に、圭ちゃん酔っ払ってそのまま眠りこんじゃったんだよ。覚えてないの・・・て、ちょ、ちょっと!?」

説明を言い終わらぬうちに、圭ちゃんは寝ぼけたままの状態で私のベッドに潜り込んできた。
自ずと私は圭ちゃんに壁側へ追いやられる形となってしまい、そのまま壁に背中をつけてしまう。
私の睡眠のための占有面積を半分に減らさせた圭ちゃんは、また寝息をたて始めてしまった。
おおかた、圭ちゃんはここを自分の部屋と勘違いして、床ではなくベッドで寝なおそうと考えただけなのだろう。

暢気に寝息をたてる圭ちゃんとは裏腹に、私は緊張の糸を張りっぱなしだった。
圭ちゃんと壁とに挟まれる形となってしまった私は身動きがとれず、ベッドから降りる事もできない。
観念して私もその場で横になり、眠ろうと瞼を閉じた。

だけど眠ろうと思えば思うほど、聞こえてくる圭ちゃんの寝息。
瞼を閉じるだけで感じられる、彼の脈動。
ほんのりと香ってくる彼の体臭は男性のそれを感じさせて、私の心臓を強く高鳴らせる。
同じベッドに入っただけで、彼の存在感は格段に強くなっていた。

意識から外すことも叶わない、眠りの世界へ落ちる事もできない、この状況。
閉じる瞼に力を入れすぎたせいか、心なしか顔面の筋肉が引きつるような感覚に襲われる。
少し力を弱めようと、そっと瞼を開けた。
そして視界いっぱいに入る、圭ちゃんの首筋。
軽く汗ばんでいるのか、ほんのりと月の光を跳ね返す圭ちゃんの首筋は、艶かしい魅力を放ちながら私の視線を釘付けにする。
シャツの下の彼の胸は寝息に合わせて上下し、筋肉の輪郭がうっすらと見て取れる。
半そでのシャツからはみでた圭ちゃんの筋張った腕は、無造作にベッドへ投げ出されていた。

目の前に、圭ちゃんがいる。
寝ているだけで力強い生気を放つ圭ちゃんが、ここにいる。
今までだって、圭ちゃんの横顔を間近で見たことは何度でもある。
だけど同じベッドの中で、月の蒼光しかない薄暗闇の中で、汗の匂いを感じ取る事が出来るほどの間近で、圭ちゃんを感じた事はなかった。

緊張して同じ姿勢を保ち続けていたせいか、体中の筋肉がキシキシと痛む。
少し姿勢を変えようと、圭ちゃんを起こさぬように気遣いながら、そっと腕だけを動かした。
そして動かした手の甲が、軽く圭ちゃんの体に触れる。
まるで触れた部分に電撃が走ったかのような衝撃で、私は咄嗟に腕を縮めた。

いま触れたのは、圭ちゃんの体のどの部分だったのだろう?
わき腹?
ふともも?
それとも、お尻?
高鳴る鼓動は心臓が爆ぜるほどの力を持って、私の脳裏をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。

この耳に聞こえてくるのは、心臓の鼓動だけ。
この意識に流れ込んでくるのは、脳内の血流だけ。
窓から差し込む光も、カーテンを揺らす夜風も、今の私にとって異世界のような乏しい現実感しかもたらさなかった。

もう一度、圭ちゃんの寝顔を盗み見る。
それはやはり安らかで、あどけなくて、私の知っている圭ちゃんそのものだった。
心臓の鼓動が、私の感情を揺さぶる。
圭ちゃんの寝息が、私の恋慕を呼び覚ます。
私はもう一度腕を動かして、ベッドの中をまさぐり、圭ちゃんの手を握った。
圭ちゃんの手は、大きかった。
大きくて、硬くて、力強かった。
私は圭ちゃんの手を、卵を包むかのように両手で優しく握る。

「・・・ねぇ、圭ちゃん・・・起きてる?」

それは声とも呼べない、唇だけで紡いだ囁き。
口内のピチャ、というリップノイズが、耳に艶かしく響く。
しばし圭ちゃんの返答を待つけど、彼の寝息に変化は見られない。

部屋を微かに舞う夜風、窓の外で鳴く夏の虫たち、それに合わせて身を躍らせるカーテンと、月の光。
だけど私の耳に届くのは、圭ちゃんの寝息だけ。
私の目に入るのは、圭ちゃんの寝顔だけ。

・・・もう、止められなかった。

思い切って、足を圭ちゃんの太ももに絡ませる。
圭ちゃんの体温が、私の太ももを通して伝わってくる。
圭ちゃんには私の確かな重みが伝わっている筈だけど、それでも圭ちゃんが目を覚ます様子は見られなかった。

私は繋いだ手を離して、圭ちゃんの手を自分の腰へ回し、ぐっと身を寄せた。
耳元には圭ちゃんの二の腕。
目の前には圭ちゃんの大胸筋。
仄かに嗅覚をくすぐる、彼の汗の香り。
相変わらず乱れぬ、彼の寝息。
私は視覚・聴覚・嗅覚・触覚、全てで圭ちゃんを感じ取っていた。

圭ちゃんの規則的な寝息とは裏腹に、私の心臓と呼吸は乱れる一方だった。
心臓は次々と血流を体内にめぐらせ、鼓膜には鼓動音が鳴り響いている。
視界は徐々に赤みを滲ませ、彼の姿はたまらなく妖艶なそれとして映っていた。

「・・・圭ちゃん・・」

漏れ出る吐息は熱を持ち、囁く言葉は色を持つ。
私は圭ちゃんに覆いかぶさり、完全に体を彼に預けていた。
彼の胸に耳をあて、奥にある鼓動を肌に刻み込もうとする。
圭ちゃんの心臓は規則正しく打ち続け、寝息と共に乱れる様子は感じ取れない。
だけど私はそのまま彼の胸から離れる事が出来ずにいた。
彼の体温があまりにも心地よくて、彼の寝息が耳にこそばゆくて、ここから離れるには余りにも魅力が強すぎた。

「う、う~ん・・・」

圭ちゃんが、微かな呻き声をあげる。
私の重みで目を覚まそうとしているのだろうか。
ならば、急いで離れなければいけない。
この状況は、どうあがいても言い訳のできる状況ではない。

でも私の体は、一向に離れる気配を見せなかった。
理性では圭ちゃんから身を離すべきと警報を発するが、体はその命令に従おうとしない。

「圭ちゃん・・・」

もう一度、彼の名を呟く。
彼の胸に預けていた頬を鎖骨、首筋と移動してから身を起こし、仰向けに寝る彼の寝顔を真正面から見つめた。

このまま身を預け続ければ、いずれ圭ちゃんも目を覚ますだろう。
そのとき、圭ちゃんが目を覚ましたときに、私はどうする?

・・・試しに、抱かれてみようか。
何者にも晒した事の無いこの肌を、彼に許してみようか。

起こしていた上半身をゆっくりと降ろし、吐息がかかるほどの距離にまで顔を近づける。
私の視線は、釘付けになっていた。
圭ちゃんの唇に、釘付けになっていた。
まるで吸い寄せられるように顔を近づける。

「・・・う~ん・・・」

相変わらず微かな呻き声をあげる圭ちゃん。
もうすぐ目を覚まそうとしているのかもしれないけど、今の私は衝動を止める事が出来なかった。
このまま目を覚ましたとしても、構わない。
レナと圭ちゃんとの関係がこじれたとしても、関係ない。
己の心に渦巻く情欲が境界を越え、彼に身を捧げようと体が疼いていた。

何かを言おうとしている圭ちゃんの唇を塞ごうと、重ねようとした、そのとき。

「・・・なんだ、どうしたんだよ、レナ・・・」

冷水を被されたかのように、いっきに我に返った。
覆いかぶせた体を引き剥がし、私は壁際へと逃げ退る。

圭ちゃんの寝息はまた平常のそれへと戻り、目を覚ます傾向は見られなくなった。
同時に私の耳に、それまで聞こえていなかった虫たちの声が蘇ってくる。
そして、私が熱情に身を焦がしている間も、世界は何も変わってなどいないことを知った。
月の蒼い光、カーテンをくすぐる湿り気を帯びた夜の風、鈴のように軽やかに鳴く虫たちの声。
そして、圭ちゃんの想い人の名前。
何も、変わっていなかった。
何も変わってなどいなかった。
だからこそ、思い知らされる。
もう最初から、圭ちゃんの心に私が入る隙間なんてないことを。
1年前から覚悟していた筈のことなのに、いま目の前に突きつけられて、ようやく実感として胸の中に重苦しく沈んでいった。

分かっていた事。
分かりきっていた事。
なのに、それなのに。
どうして、こんなに胸が苦しいの?

今日一日、私はタイムスリップしていた。
1年ぶりに再会した圭ちゃんが余りに素敵な男の子になっていて。
1年前の、圭ちゃんのことを好きで好きでたまらなかった、あの頃の私に、強制的に心だけがタイムスリップしてしまっていた。

まるで鉛でも埋め込まれたかのような異物感を胸の奥に感じながら、それが喪失の念からもたらされる茫漠とした寂寥の塊であることを識る。
そして大きくなりすぎた寂寥は次第に自己への憐憫となり、いつしか慟哭へと姿を変えていた。
こみ上げてくる慟哭への衝動を押さえ込もうとする余り、半ば呼吸困難になりかけながら、私は涙を何とか飲み込む。

終わっていた。
私の恋は、終わっていた。
圭ちゃんへの恋慕を膨らませていた、今日という一日。
だけどそれはただ、私が一人で舞い上がっていただけのこと。
そう、ただそれだけのこと。
実るはずも無い、終わった事が明白なこの恋。
誰からも同情されることすらない、振り返られる事すらない、ただ独りよがりの恋情。

だけど、それでも。
例え滑稽だと理解していても、それが道化を演じているのみだと理解していても。
この恋は本物だった。
1年前に既に終わった過去の恋であると割り切るには、余りにも情熱的に過ぎた。

涙が止め処なく溢れて出てくる。
声は無理やり押し殺す事が出来ても、涙だけはどうにも止められない。
何とか涙をせきとめようと手の甲で一生懸命拭うけど、堰を切ったかのように溢れてくる涙はどうしようもなかった。

諦めろ。圭ちゃんはもう振り返らない。
諦めろ。過去はもう戻らない。
諦めろ。圭ちゃんとレナの間に、私の入る間隙はない。

頭では分かりきっている。
心では理解している。
だけどこの涙と胸の痛みは、女々しいまでの恋慕に区切りをつけることに対して、どうしようもない妄執を抱いていた。

だけど、諦めなければならない。
この想いは、今夜限りで断ち切らねばならない。
だから、今夜だけは。
いや、この瞬間だけは。
圭ちゃんとレナに許しを乞おう。

壁際まで退いた己の体を、もう一度ベッドの半ばへと運ぶ。
キシリ、とベッドがあげる軽い悲鳴を聞きながら、私はもう一度真上から圭ちゃんの寝顔を眺めた。
相変わらず安らかな顔で寝息をたてている。
先ほどまで私の恋情をかき乱していたその唇に、私はもう一度視線を絡めた。
脱力しきっているのか、軽く半開きとなったその唇は、窓から注がれる月の蒼光によってしっとりと潤っているように見える。

私は圭ちゃんの胸元に軽くかけられたタオルケットを、口許をすっぽりと隠すような位置まで持ち上げる。
そして私は、接吻した。
タオルケット越しの接吻は、かろうじて形だけ読み取れる程度のものだった。
熱い吐息を感じる事もなく、互いの感触を確かめ合う事も無い。
布越しの、殺伐とした接吻だった。

ごめんね、圭ちゃん。
ごめんね、レナ。

圭ちゃんの肩に顎を乗せ、彼の首をかき抱きながら、私の脳裏では悔恨の念と謝罪の言葉がぐるぐると渦巻いていた。

圭ちゃんへの想いを断ち切った筈だったのに。
レナへは「おめでとう」という祝福の言葉まで贈ったというのに。
こんな女々しい私で、本当にごめん。

だけど、それも今夜で終わりにするから。
本当に、今夜で終わりにするから。
この細く連綿と綴られてきた私の恋は、今夜で終わりにするから。

だからどうか、今夜だけは。
今夜だけは、このままでいさせて。

腕に圭ちゃんの重みを感じながら、ただほろほろと涙を流した。
圭ちゃんを起こさぬよう声は喉元で押し殺して、だけどその分、瞳から流れ落ちる涙の粒を大きくしながら。
私はただただ、無言の慟哭を叫び続けていた。

窓から差し込む柔らかい夜風に、カーテンが緩やかに揺られる。
そのリズムに合わせるように、月の蒼光が僅かに部屋の隅を照らして、思い出したかのようにビスクドールがその姿を表す。
不規則なリズムで姿を晒す彼女の青い瞳は、まるで気弱な蛍のように輝いては消え、輝いては消えていく。
私の恋の終わりも、私の無言の涙も、ビスクドールの青い瞳だけが、ずっと見つめていた。


魅音SS「変わらぬ想い」 #15/15

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